イーモリ、あの地球人を見てくれ。パソコンの前で目をゴシゴシこすっているぞ。何か目に入ったのか?
ああ、あれは「ドライアイ」だね。画面を長時間見つめていると、まばたきの回数が激減するんだ。
まばたき? あのパチパチするやつか。あんなの、目が乾かないようにするだけだろ? 僕なんか瞬膜があるから関係ないけどな!ふっふっふ。
ヤーモリ、それは大きな誤解だよ。実はまばたきは、目を潤すためだけにあるわけじゃない。まばたきには、脳の「リセットボタン」としての驚くべき役割があるんだ。
リセットボタン!? ゲームのリセットボタンみたいなやつか!?
近いけど、もっと精密だね。まず基本データから確認しよう。地球人は1分間に平均15〜20回まばたきをしている。でも角膜を潤すのに必要な回数よりもずっと多くまばたきをしているんだ。
必要以上にパチパチしてるのか!? じゃあ余分なまばたきは何のためにしてるんだ?
それを解き明かしたのが、大阪大学の中野珠実先生たちの研究なんだ。2009年にイギリス王立協会の学術誌に発表された画期的な論文がある。被験者たちに同じ映像を見てもらってまばたきのタイミングを記録したところ、まばたきはランダムに起きるわけじゃなくて、映像の中の「注意の切れ目」に集中していたんだ。
注意の切れ目?
たとえばアクションが一段落した瞬間や、主人公が画面からいなくなった瞬間。重要な情報を取り込んでいるときは瞬きが抑制されて、情報の切れ目で一気にパチッとまばたきが起きる。しかも、同じ映像を見ている人たちのまばたきのタイミングが高い精度でシンクロしていたんだ。
なにーーーーーーーーーー! 映画館の観客が全員同じタイミングでパチパチしてるってことか!? 物語映画を見てるときに!? 気持ち悪いな!
ふふふ、でも本人たちはまったく意識していないんだよ。無意識のうちに、脳が「ここは瞬きしても大丈夫」と判断してタイミングを調整しているんだ。
脳が勝手にタイミングを選んでる……。でも、瞬きしている間って目を閉じてるわけだろ? その0.何秒かで、脳の中では何が起きてるんだ?
素晴らしい質問だね。それを解明したのが、同じ中野先生たちの2013年の研究だ。アメリカ科学アカデミー紀要(PNAS)に発表された。fMRIで脳を撮影しながら映像を見てもらったところ、まばたきの瞬間に脳内で劇的な切り替えが起きていたんだ。
劇的な切り替え?
まばたきをした瞬間、外部の情報に集中するための「背側注意ネットワーク」の活動が一時的に低下して、代わりに「デフォルトモードネットワーク」——つまり内省や自己参照に関わるネットワークが一瞬だけ活性化したんだ。
ちょっと待って。デフォルトモードネットワークって、以前イーモリが「ぼんやりしているときに活性化する脳のネットワーク」って教えてくれたやつだよな?
よく覚えていたね。そう、あのネットワークだよ。つまり、まばたきのたびに脳は一瞬だけ「外の世界を見るモード」から「自分の内側を処理するモード」に切り替わっているんだ。1分に15〜20回もね。
1分に20回も脳がモードチェンジしてるのか!? 忙しすぎるだろ脳……!
しかも重要なのは、実験で映像をまばたきと同じタイミングで暗転させても、同じ切り替えは起きなかったんだ。つまりまばたきは単なる「視覚の遮断」ではなくて、脳が自ら発動する能動的な注意のリセット信号なんだよ。
画面が暗くなるのと、まばたきで暗くなるのは違うのか! すごいな……。でもさ、まばたきの回数って人によって違うんじゃないの?
いい着眼点だね。実は、まばたきの頻度はドーパミンという神経伝達物質と密接に関係していることがわかっている。2016年のJongkeesとColzatoのレビュー論文によると、自発的なまばたきの回数は脳内のドーパミン機能の非侵襲的な指標として提案されている。ドーパミン機能が高い人はまばたき頻度も高く、認知的柔軟性や報酬に基づく学習能力とも相関しているんだ。
まばたきの回数で脳の状態がわかるのか!……ところで、さっきの地球人は目をこすってたけど、あれはどういう状態なんだ?
あの地球人のように長時間パソコンの画面を見続けると、まばたきの回数が大きく減ってしまうんだ。2013年のPortelloらの研究では、コンピュータ作業中のまばたきは平均約12回/分にまで低下することが報告されている。
かなり減るんだな! ということは、さっきのリセット機能も十分に働いてないってことか!
その通り。画面に集中している間、脳は「外部注意モード」にロックされたままになる。内部処理のための「マイクロ・リセット」が不足している状態とも考えられる。長時間のスクリーンワーク後に頭がぼんやりしたり疲労感が増したりするのは、このリセット不足が一因になっている可能性があるんだ。
うわぁ……。今の地球人のほとんどが当てはまるんじゃないか? スマホもパソコンもずっと見てるし。
まさにそうだね。そしてさらに興味深いのが、2025年に発表されたCornelis、Dirix、Bogaertsの研究だ。15名の被験者に小説1冊分(5万4千語超)を黙読してもらい、まばたきのタイミングを詳細に分析したところ、まばたきは句読点の位置——つまり文章の区切りに集中して起きていた。さらに、出現頻度の低い単語や予測しにくい単語を読んだ直後にも多く発生していたんだ。
難しい言葉を読んだ後に脳が「ちょっとリセットさせて!」ってまばたきするってこと?
そう解釈できるね。映像だけでなく読書中にも、まばたきには認知的な役割があるということが実証されたんだ。さらに会話中でも同じことが起きていて、聞き手のまばたきは話し手のまばたきに0.25〜0.5秒遅れてシンクロする。しかもそのシンクロは、話し手が文の終わりやポーズでまばたきしたときに選択的に起きていたんだ。
映画でも、読書でも、会話でも……まばたきって全部、脳のリセットと関係してたのか。じゃあ、このリセット機能をうまく使えば脳のパフォーマンスを上げられるのか?
直接まばたきを増やすというよりも、まばたきが自然に起きやすい環境を整えることが大事だね。アメリカ検眼協会が推奨している「20-20-20ルール」——20分ごとに、20フィート(約6メートル)先を、20秒間見る——が効果的だと言われている。画面から視線を外すことで、目の乾燥を軽減し、集中による負荷を一時的に解放できる。ただし、これが直接「脳のリセット」を促すかどうかは、まだ科学的に検証されていないけどね。
20分に1回、遠くを見ればいいのか。簡単じゃないか!
そうだね。2025年のCoupalらの研究でも、聞き取りにくい音声を聴くときなど認知的負荷が高い場面ほどまばたきが抑制されることが確認されている。だからこそ、意識的に「脳を休ませる瞬間」を作ることが大切なんだ。まばたきは脳が外の世界への注意を一瞬だけ手放して、内部処理に切り替えるための精巧なメカニズム。目を閉じるという最も小さな動作の中に、脳の壮大な情報処理戦略が隠されていた——というわけだね。
よーし! わかったぞ! ということは、まばたきを極限まで増やせば、脳が超高速でリセットを繰り返して、超天才になれるんじゃないか!? 名付けて「秒速まばたき脳力覚醒メソッド」!
ヤーモリ、それはもはやまばたきじゃなくて痙攣だよ……。まばたきは脳が自然なタイミングで発動するから意味があるんであって、無理やり増やしても注意の切り替えにはならないからね。
……パチパチパチ……目が……疲れ……た……。
ほら、ドライアイになってるじゃないか。……まったく。とりあえず20分に1回、遠くを見ることから始めようか。
参考文献
1. Nakano, T., Yamamoto, Y., Kitajo, K., Takahashi, T., & Kitazawa, S. (2009). Synchronization of spontaneous eyeblinks while viewing video stories. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 276(1673), 3635–3644.
2. Nakano, T., & Kitazawa, S. (2010). Eyeblink entrainment at breakpoints of speech. Experimental Brain Research, 205(4), 577–581.
3. Nakano, T., Kato, M., Morito, Y., Itoi, S., & Kitazawa, S. (2013). Blink-related momentary activation of the default mode network while viewing videos. Proceedings of the National Academy of Sciences, 110(2), 702–706.
4. Jongkees, B. J., & Colzato, L. S. (2016). Spontaneous eye blink rate as predictor of dopamine-related cognitive function—A review. Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 71, 58–82.
5. Portello, J. K., Rosenfield, M., & Chu, C. A. (2013). Blink rate, incomplete blinks and computer vision syndrome. Optometry and Vision Science, 90(5), 482–487.
6. Cornelis, X., Dirix, N., & Bogaerts, L. (2025). The timing of spontaneous eye blinks in text reading suggests cognitive role. Scientific Reports, 15, Article 19849.
7. Coupal, P., Zhang, Y., & Deroche, M. (2025). Reduced eye blinking during sentence listening reflects increased cognitive load in challenging auditory conditions. Trends in Hearing, 29.