イーモリ、イーモリ! ちょっと聞いてくれよ! さっき宇宙船の食堂でパンケーキを食べるかカレーを食べるか迷ったんだけどさ、なぜか体が「パンケーキ!」って叫んでる気がしたんだ!
ふふふ、それは「直感」というやつだね。……ところで、あの地球人を見てごらん。
ん? あの若い男の地球人か? なんかスマホを見ながらすっごく悩んでる顔してるぞ。
転職するかどうか迷っているみたいだよ。頭では「今の会社にいた方が安定する」と計算しているのに、胸のあたりがザワザワして「ここじゃない」と訴えているようだね。
あー、わかる! 僕もたまにあるぞ! 頭ではこっちが正しいって思ってるのに、なーんかお腹のあたりがモヤモヤするやつ! あれって何なの!?
いい質問だね、ヤーモリ。実はあの「なんとなく」は、ただの気のせいじゃないんだ。脳科学ではそれを「内受容感覚(インテロセプション)」と呼んでいてね。体の中に隠された「第六感」のようなセンサーシステムなんだよ。
だ、第六感ーーーーー!? それってあの映画の「死んだ人が見える」ってやつ!?
それは映画の話だよ。内受容感覚というのは、心臓の鼓動、呼吸のリズム、胃腸の動き、筋肉の緊張……体の内部で起こっていることを脳が感じ取るセンサーのことなんだ。
えっ、脳って外の世界を見たり聞いたりするだけじゃなくて、体の中もモニタリングしてるの!?
そう。2021年にノーベル生理学・医学賞を受賞したアーデム・パタプティアン博士らが、2025年10月にNIHから1420万ドル(約21億円)の資金を獲得して、この「隠された第六感」の全容を解明するプロジェクトを始めたんだ。それくらい、今まさにホットな研究テーマなんだよ。
21億円!? そんなに大金をかけて調べるほどすごいものなのか!? 僕の宇宙船の修理代より高いぞ!
ふふ、それだけ重要だということさ。この内受容感覚の司令塔となっているのが、脳の奥深くにある「島皮質(とうひしつ)」、英語ではインスラと呼ばれる領域なんだ。
島皮質? 脳の中に島があるの? 南の島みたいな? バカンスできる?
バカンスはできないよ。島皮質は大脳皮質のひだの奥に隠れている領域で、体の内部から送られてくる信号——心拍数、血圧、胃の状態、体温、痛みなどの情報を統合する「中央管制室」のような場所なんだ(Critchley & Garfinkel, 2017)。
へぇ〜! つまり、僕が「お腹すいたな〜」とか「なんかドキドキする」って感じるのも、全部この島皮質が処理してるってこと?
その通り。そしてここからが面白いところなんだけど、アントニオ・ダマシオ博士が提唱した「ソマティック・マーカー仮説」によると、この体からの信号が、実は僕たちの意思決定に大きな影響を与えているんだ。
そま……何?
「ソマティック・マーカー」——つまり「体のしるし」だね。例えば、過去に失敗した経験と似た状況に直面すると、脳が意識より先に体に警告信号を送るんだ。胃がキュッと縮んだり、手に汗をかいたり。この体の反応が「やめておけ」というしるしになる。この仮説には批判もあって定説とまでは言えないけれど、体の信号が意思決定に影響するという基本的な考え方は広く支持されている。
あーーーー! それだ! 僕が前に「絶対儲かる宇宙石の投資」に手を出そうとした時、なぜかお腹が痛くなったのは、体が「やめとけ」って言ってたのか!
そうだよ。そしてこの仮説を裏付ける驚くべき研究がある。2016年にカンダサミーらがロンドンの金融街のトレーダーを対象に行った研究なんだけど——
トレーダー? あの株とかを売ったり買ったりする地球人たちか?
そう。この研究では、トレーダーたちに「自分の心臓の鼓動を正確に数えられるか」というテストをしたんだ。目を閉じて、何も触れずに、純粋に体の感覚だけで心拍を数える。
えっ、それ難しくない? 僕、自分の心臓の音なんて普段意識したことないぞ……。
まさにそこがポイントなんだ。年齢をマッチさせた対照群(主に学生・院生の男性48名)のスコアは平均66.9%だったのに対して、高頻度トレーダー18名は平均78.2%と有意に高かった(心拍カウント課題で実測心拍との一致度を測定)。さらに驚くことに、この心拍検出の正確さが高いトレーダーほど、実際の運用成績が良く、生き残り年数も長かったんだ。
なにーーーーーーーーーー! 心臓の鼓動を数えるのが上手いだけで、お金を稼ぐのも上手いってこと!?
正確に言うと、体の内部信号を正確に捉えられる人ほど、実際の運用成績が良く、トレーダーとしての生き残り年数も長かったということだね。ただしこれはフィールド研究なので因果関係は証明できていない。トレーダーたちが「直感」や「ガット・フィーリング(腹の感覚)」と呼んでいたものの正体が、実はこの内受容感覚だったのかもしれない。
そうか……! ということは、僕もこの内受容感覚を鍛えれば、宇宙カジノで大儲けできるってことじゃないか!?
……そういう使い方は想定されていないよ。でも、内受容感覚が鋭いことのメリットは投資だけじゃない。島皮質は感情の処理にも深く関わっていてね。
感情? 体の感覚と感情って関係あるの?
大ありだよ。2018年にカルサらが発表した論文によると、不安障害の人は内受容感覚が過敏になっていて、心臓がちょっと速く打つだけで「大変なことが起きている!」と脳が過剰反応してしまう。逆にうつ病の人は内受容感覚が鈍くなっていて、自分の体の状態がわからなくなる傾向があるんだ。ただし大事な区別があって、不安障害で高いのは「過敏さ」——体の信号を「危険だ」と過剰に解釈してしまう傾向で、鍛えるべきは「正確さ」——体の信号をありのままに正しく捉える力なんだ。この2つは別物だよ。
えっ、つまり体の感覚がおかしくなると、心もおかしくなるってこと?
そうなんだ。島皮質での内受容感覚の処理が乱れると、不安やうつ、パニック障害、さらには摂食障害にまでつながる可能性が指摘されている(Khalsa et al., 2018の総説)。体と心は別々のものじゃなくて、島皮質という「翻訳機」を通じて常につながっているんだよ。
それって、地球人が「病は気から」って言うやつと似てない?
いいところに気づいたね。ただし科学的に言うと「気から病」だけじゃなく「体から心」への方向もある。双方向なんだ。そしてここに希望がある。2024年に国立精神・神経医療研究センター(NCNP)と慶應義塾大学の共同研究チームが、『Translational Psychiatry』に発表した論文で、内受容感覚は訓練で鍛えられる可能性を示したんだ。ただし対照群のない単群デザインの小規模研究(健常者22名)なので、まだ予備的な知見ではあるけどね。
鍛えられるの!? どうやって!?
この研究では、健康な被験者に内受容感覚のトレーニング——具体的には自分の心拍と一致・不一致の音を聞き分ける心拍弁別課題を1週間にわたって行ってもらったところ、トレーニング後に前部島皮質(AIC)と背外側前頭前皮質(DLPFC)、前帯状皮質(ACC)、さらには脳幹の孤束核(NTS)との機能的結合が変化したんだ。
脳の配線が変わったってこと!? すげぇ!
そう。さらに重要なのは、このトレーニングの後、被験者の不安レベルと身体症状にも改善傾向が見られたことだよ。変化は小さいものの、体の声を聴く練習が心の健康にもプラスに働く可能性があるんだ。
じゃあさ、具体的に地球人たちは何をすればいいんだ? 「今すぐ心臓の音を聴け!」って言われてもピンとこないだろ?
2025年にシュヴァートフェガーらが発表した研究では、2週間のボディスキャン瞑想——頭のてっぺんから足の先まで、順番に体の感覚に意識を向けていく練習——で、内受容感覚の正確さが向上したことが報告されている。ただし対照群のガイド付きイメージ法でも同様の改善が見られたので、ボディスキャンだけが特別というわけではなく、体に意識を向ける練習全般に効果がある可能性があるね。
1日10分!? それなら僕にもできるぞ! 毎日20時間寝る計画は失敗したけど、10分なら!
ふふ。他にも、食事中に味や食感、胃に食べ物が入っていく感覚に意識を向ける「マインドフル・イーティング」や、ヨガや太極拳のように体の動きとゆっくり呼吸を合わせる練習も効果的だよ。大切なのは、体の中で起こっていることに「好奇心を持って気づく」という姿勢なんだ。
なるほどな〜。じゃあさ、あの転職で悩んでる地球人にアドバイスするとしたら?
まず、頭だけで考えるのをやめて、一度目を閉じて体の反応に意識を向けてみるといい。「今の会社にいる自分」をイメージした時と「転職した自分」をイメージした時で、胸や胃の感覚がどう変わるか。もし片方のイメージで体が軽くなったり、呼吸が楽になったりするなら、それは島皮質が過去の経験データベースを総動員して出した「答え」かもしれない。
おぉー! 体が答えを知ってるってことか! よし、僕も今から内受容感覚を鍛えて、隊長としての直感力を爆上げするぞー! まずは目を閉じて……心臓の音を聴いて……。
おっ、いいね。集中して——
…………グゥ〜〜〜(お腹の音)。……あっ。今、体が「パンケーキをもう一枚食べろ」って言ってる! これが内受容感覚だな!?
……それは内受容感覚じゃなくて、ただの食欲だよ、ヤーモリ。
参考文献
Kandasamy, N., Garfinkel, S. N., Page, L., Hardy, B., Critchley, H. D., Gurnell, M., & Coates, J. M. (2016). Interoceptive ability predicts survival on a London trading floor. Scientific Reports, 6, 32986.
Bechara, A., & Damasio, A. R. (2005). The somatic marker hypothesis: A neural theory of economic decision. Games and Economic Behavior, 52(2), 336–372.
Khalsa, S. S., et al. (2018). Interoception and mental health: A roadmap. Biological Psychiatry: Cognitive Neuroscience and Neuroimaging, 3(6), 501–513.
Sugawara, A., Katsunuma, R., Terasawa, Y., & Sekiguchi, A. (2024). Interoceptive training impacts the neural circuit of the anterior insula cortex. Translational Psychiatry, 14, 206.
Schwerdtfeger, A. R., Weber, B., & Rominger, C. (2025). Two weeks to tune in: Evaluating the effects of a short-term body scan on interoception. Applied Psychology: Health and Well-Being, 17(5), e70073.
Critchley, H. D., & Garfinkel, S. N. (2017). Interoception and emotion. Current Opinion in Psychology, 17, 7–14.
Scripps Research. (2025, October 8). Scientists launch $14.2 million project to map the body’s “hidden sixth sense.” Scripps Research Press Release.