イーモリ、あの地球人を見てくれ。深夜なのにまだ机に向かっているぞ。
ああ、試験前の大学生だね。何かタブレットを次々に口に入れているようだけど。
まさか……禁断の薬物か!?
落ち着いて。あれはブドウ糖のタブレットだよ。「脳の栄養はブドウ糖」という話を信じて、勉強のお供にしているんだろう。
なるほど! 脳にはブドウ糖! ってことは、僕もパンケーキをもっと食べれば天才になれるってことだな!?
……その発想はどうかと思うけど、確かに「脳のエネルギー源はブドウ糖」というのは長い間の常識だった。ところがね、2025年にその常識に大きな修正が加わったんだ。
修正? 教科書に書いてある話がか?
まず整理しよう。脳は体重の約2%しかないのに、全身のエネルギーの約20%を消費する、とても燃費の悪い臓器だ。従来はニューロン——神経細胞がブドウ糖を取り込んでATPというエネルギー通貨を作り、さらにアストロサイトというサポート細胞がブドウ糖を乳酸に変えてニューロンに渡す「乳酸シャトル」の仕組みが知られていた。
ブドウ糖中心のエネルギー供給だったんだな。
ところが2025年、Nature Metabolism誌に、哺乳類のニューロンを調べた3つの独立した研究チームの論文が相次いで発表された(さらにショウジョウバエの研究も1本)。結論はどれも同じ——「ニューロンは脂肪酸も燃やしている」。
脂肪酸!? 脳が脂肪を燃やすってこと!? なにーーーーーーーー!
ニューロンの中に「脂肪滴(リピッドドロップレット)」という脂肪の貯蔵庫があること自体は、以前から報告されていた。Kumarたちは、海馬のニューロンでその脂肪滴を分解する「DDHD2」という酵素に注目した。DDHD2の働きを止めると脂肪滴がどんどん溜まっていく——つまりニューロンは脂肪滴を常に分解して使っていたんだ。DDHD2がトリグリセリドを分解して脂肪酸を放出し、それがミトコンドリアに送り込まれてエネルギーになっていた。
DDHD2……名前がかっこいいな。必殺技みたいだ。「くらえ! DDHD2アタック!」
……必殺技じゃないよ。でも重要なのはここだ。培養したニューロンでの実験だけど、ブドウ糖が通常レベルで存在していても、脂肪滴由来の脂肪酸が基礎エネルギー生産の30〜50%を担っていたんだ。
30〜50%!? 半分近くが脂肪由来!?
つまり「ニューロンはブドウ糖だけで動いている」というのは、正確ではなかったんだ。2つ目の研究、Saberたちのチームは、DDHD2がミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸——つまり飽和脂肪酸をニューロンの中で供給していることを示した。これらは「CPT1」という酵素の働きでミトコンドリアに運び込まれる。
飽和脂肪酸って、バターとか肉の脂に入っているやつだよな? 体に悪いイメージがあったけど。
名前は同じでも、ここで言っているのはニューロンが自分の脂肪滴から切り出す飽和脂肪酸のこと。バターや肉を食べれば脳に届く、という話じゃないから注意してね。しかもこの飽和脂肪酸は、燃料としてだけでなくシナプスの働きそのものを支える材料にもなっているらしい。そして3つ目のGredaたちの研究では、ニューロンの外から脂肪酸が届く経路も見つかった。アストロサイトやミクログリアが分泌する「アポリポタンパク質E3」が多価不飽和脂肪酸をニューロンに届け、「ソーチリン」という膜タンパク質が受け取る。
内部の脂肪滴から自分で取り出すルートと、外から届けてもらうルートがあるのか。セルフとデリバリーの二刀流だな!
いい例えだ。じゃあ次に、この脂肪酸と「記憶」の関係を見てみよう。
記憶にも関係あるのか!?
DDHD2を阻害すると、シナプス小胞のリサイクルが低下する。シナプス小胞は、ニューロン同士が情報をやり取りするためのカプセルのようなものだ。これが減ると、ニューロンの通信効率が落ちる。
電波が悪くなるみたいなものか。
しかもこの脂肪酸供給は「活動依存的」なんだ。ニューロンが活発に働いているときほど、脂肪滴からミトコンドリアへの脂肪酸の流れが増える。さらにPavlowskyたちのショウジョウバエの研究では、休みなく訓練を繰り返す「詰め込み型」の学習の後、ニューロンが脂肪酸を燃やすこと(β酸化)が記憶づくりに欠かせないことが示された。脂肪酸を届けていたのは周りのグリア細胞だ。面白いのは、間隔をあけて学習したときにできる長持ちする記憶には、この仕組みが必要なかったことだね。
一夜漬けにも脂肪が関わってるのか! ハエでも確認されたってことは、生き物に広く共通する仕組みなんだな。
その可能性は高そうだ。ちなみにDDHD2の遺伝子の両方のコピーに変異があると、「遺伝性痙性対麻痺54型(HSP54/SPG54)」という主に幼少期に発症するまれな神経疾患になり、進行性の運動障害や認知機能の障害が起きる。脂肪酸代謝が壊れると、脳は深刻なダメージを受けるんだ。
……これは冗談じゃすまない話だな。で、僕たちはどうすればいいんだ?
まず大前提として、ブドウ糖が不要になったわけじゃない。ニューロンの主な燃料は今もブドウ糖で、今回の発見は「脂肪酸も燃料として使われている」ということ。だから極端に偏らず、糖と脂質の両方をバランスよく摂るのが無難だ。
ブドウ糖タブレットだけ食べていてもダメってことか。
Gredaたちの研究では、外から届いた多価不飽和脂肪酸がニューロンの中で「脂肪酸を燃料に使え」というスイッチ(PPARα)を入れ、ブドウ糖が足りないときに脂肪酸を使えるようにすることが示された。ただしこれは細胞やマウスでの実験で、食事で摂れば効くと確かめられたわけじゃない。それでも多価不飽和脂肪酸の代表であるオメガ3脂肪酸——青魚に多いDHA・EPAや、くるみ・亜麻仁油に多いα-リノレン酸——は、もともと体に欠かせない脂質だから、普段の食事に取り入れておいて損はないね。
じゃあ、ケトジェニックダイエットみたいに炭水化物を減らして脂肪をたくさん摂ればいいのか?
それは短絡的だよ。Teoたちの解説記事でも指摘されているけど、絶食時の主な代替燃料はケトン体であって、長鎖脂肪酸のβ酸化が生体内でどの程度貢献しているかはまだ完全には解明されていない。極端な食事制限より、良質な脂質をバランスよく摂るのが現時点で合理的な選択だ。適度な有酸素運動も脳の健康に良いとされているけど、今回の脂肪酸の仕組みとの直接の関係はまだ研究されていない段階だ。
バランスのいい食事と適度な運動……。「竜の玉の文献」でも修行と休息のバランスが大事って書いてあったしな。
……まあ、そういうことにしておこう。もうひとつ興味深い話がある。脳の脂肪酸の扱い方は、体の状態によって変わるかもしれないんだ。Rebelosたちの研究では、重度の肥満の人は脳の遊離脂肪酸の取り込みが増えていて、減量手術の6か月後でもその状態が元に戻っていなかった。
体重が減っても、脳はすぐには元に戻らないのか……。だからこそ日頃の生活習慣が大事なんだな。
ただし、物忘れや認知機能の変化が気になる場合は、食事の改善だけで対処しようとしないでほしい。原因はさまざまだから、気になる状態が続くなら、かかりつけ医や脳神経内科、もの忘れ外来に相談するのが確実だ。
わかった! まとめると、脳のニューロンはブドウ糖だけじゃなくて脂肪酸も使っていて、DDHD2とCPT1がその鍵。食事は糖も良質な脂質も、バランスよく摂るのが大事! ……ということで、パンケーキにサバを乗せたら糖と脂肪酸が同時に摂れるんじゃないか?
……それは絶対にやめたほうがいい。
参考文献
Kumar, M., et al. (2025). Triglycerides are an important fuel reserve for synapse function in the brain. Nature Metabolism, 7, 1392–1403. https://doi.org/10.1038/s42255-025-01321-x
Saber, S. H., et al. (2025). DDHD2 provides a flux of saturated fatty acids for neuronal energy and function. Nature Metabolism, 7, 2117–2141. https://doi.org/10.1038/s42255-025-01367-x
Greda, A. K., et al. (2025). Interaction of sortilin with apolipoprotein E3 enables neurons to use long-chain fatty acids as alternative metabolic fuel. Nature Metabolism, 7, 2346–2365. https://doi.org/10.1038/s42255-025-01389-5
Pavlowsky, A., et al. (2025). Neuronal fatty acid oxidation fuels memory after intensive learning in Drosophila. Nature Metabolism, 7, 2438–2450. https://doi.org/10.1038/s42255-025-01416-5
Teo, R. Q., Fidelito, G., Watt, M. J., & Dodd, G. T. (2026). Neurons run on fat. npj Metabolic Health and Disease, 4, 38. https://doi.org/10.1038/s44324-026-00130-4
Rebelos, E., et al. (2020). Brain free fatty acid uptake is elevated in morbid obesity, and is irreversible 6 months after bariatric surgery: A positron emission tomography study. Diabetes, Obesity and Metabolism, 22, 1074–1082. https://doi.org/10.1111/dom.13996
Gonzalez, M., et al. (2013). Mutations in phospholipase DDHD2 cause autosomal recessive hereditary spastic paraplegia (SPG54). European Journal of Human Genetics, 21, 1214–1218. https://doi.org/10.1038/ejhg.2013.29