(宇宙船のモニターを覗き込みながら)イーモリ!イーモリ!あの地球人を見てくれ!自分の部屋の壁を真っ赤に塗り替えてるぞ!
(コーヒーを飲みながら)ん?ああ、本当だ。模様替えかな。
(大げさに騒ぐ)あー!見てくれ!赤い部屋に入ったら急にイライラし始めて、同居人と言い争いを始めたぞ!あの部屋、呪われてるんじゃないか!?
ふふふ、呪いじゃないよ。それは「色」が脳に直接影響を与えているんだ。実は地球人の脳は、目に入る色の「波長」によって、まるでスイッチを切り替えるみたいにモードが変わるんだよ。
え?色が?壁の色を変えただけで脳のモードが切り替わるの?
そうだよ。地球人の目には「錐体細胞」という色を感知するセンサーが約600万個あって、長波長(L)・中波長(M)・短波長(S)の三種類の光にそれぞれ反応する。大事なのは、色の情報が視覚野で処理されたあと、感情や判断に関わる脳領域にも影響を及ぼしうるということなんだ。
600万個!?僕の部下より多いぞ!…って、色の情報が感情の中枢にまで届いちゃうの!?
(参考文献①)そう。マックス・プランク研究所のStauchらが2022年にeLife誌で発表した研究では、色刺激と脳波の関係を調べているんだ。興味深いことに、赤と緑は同じ錐体コントラスト条件下で同等の強さのガンマ波(視覚野の高速な神経活動)を生むことが分かった。つまり赤だけが特別というわけではないんだ。強いガンマ波を生むかどうかを決めていたのは「赤らしさ」ではなく、赤や緑や黄色が共通して刺激する錐体の種類(L錐体・M錐体)だった。逆に、短波長の青だけを刺激する光では反応が極端に弱かったんだよ。ただしこれは視覚野レベルの話で、心理や行動のレベルではまた別の効果が見つかっている。
色によって視覚野の反応が全然違うのか!じゃあさっきの地球人がイライラしたのは…
そう。赤い壁が脳を常に「注意しろ!」という状態にしていた可能性があるんだ。赤は進化的に血や火と結びついていて、脳が自動的に「回避動機」——つまり慎重にミスを避けようとするモード——を発動させると考えられている。赤い部屋にいたら、ずっと脳が警戒状態ということだよ。
そ、そりゃケンカにもなるよな…。赤い部屋って怖いな…。
(参考文献②)でもね、赤には面白い一面もあるんだ。ブリティッシュコロンビア大学のMehtaとZhuが2009年にScience誌に発表した有名な研究では、600人以上の参加者に赤い背景と青い背景でさまざまな認知テストをやってもらった。すると、赤い背景では「細部に注意を払うタスク」の成績が上がったんだよ。ただし、この研究の一部については後に再現に失敗した報告(Steele, 2014)もあるから、結果をそのまま鵜呑みにはできない点は押さえておこう。
えっ!赤でパフォーマンスが上がることもあるの!?
そう。赤は「回避動機」を引き起こすから、脳がミスを警戒して細かいところまでチェックするようになる。校正作業や計算問題みたいな、正確さが求められる作業には赤が有利なんだ。
ほほー!じゃあテスト勉強は赤い部屋でやればいいんだな!よーし、宇宙船の調査室を真っ赤に塗り替えて、部下たちの報告書のミスをゼロにするぞー!
…待って待って。赤い部屋にずっといたら、さっきの地球人みたいにストレスで潰れるよ。それに、赤は創造的な作業には逆効果なんだ。同じ研究で、創造性を測るテストでは青い背景のグループが赤い背景のグループを大きく上回った。
赤は正確さ、青は創造性…。色で脳の得意分野が変わるってことか!
その通り。②の研究では、青は「接近動機」——開放的で自由な心理状態——を引き起こし、発想の幅が広がると解釈されている。ただし、青の効果にはもう一つ別の側面もあるんだ。地球人の網膜には「メラノプシン」という特殊な光受容体があってね、青い光の波長(460〜480nm)に最も強く反応する。
メラノプシン?また難しい名前が出てきたぞ…。それが活性化するとどうなるの?
メラノプシンが活性化すると、覚醒を制御する脳領域にシグナルが送られて、眠気が抑えられると考えられている。(参考文献③)Alkozeiらの2016年の研究でも、青い光を浴びた後に前頭前野の活動が増加したことが報告されている。また(参考文献④)Van Duijnhovenらの2024年のFrontiers誌の研究では、青みがかった白色光の下で眠気が有意に減少した。ただし集中力テストの成績は通常照明と同等だったので、青い光が認知能力を直接高めるというよりは、覚醒の維持に役立つという方が正確だね。
(張り切る)すげー!じゃあ青い部屋にいればずっと天才でいられるんだな!よし、宇宙船を全部青に塗り替えよう!
…だから極端なんだよ。夜に青い光を浴びすぎると、メラノプシンがメラトニンの分泌を抑制して眠気が来にくくなるんだ(van der Lely et al., 2015)。
ガーン!天才になれる代わりに眠れなくなるのか…。
(参考文献⑤)さて、ここからがさらに面白い話だよ。緑色の効果について。ミュンヘン大学のLichtenfeldらが2012年にPersonality and Social Psychology Bulletin誌に発表した研究でね、被験者にたった2秒だけ緑色を見せてから創造性テストをやらせたんだ。
たった2秒!?それで何か変わるの?
それが変わるんだよ。白・灰色・赤・青を見せたグループと比べて、創造性のスコアが有意に高くなった。研究者たちはこれを「肥沃な緑(Fertile Green)」効果と名付けた。人類が進化の歴史の中で「緑=植物が豊かな環境=安全で食料も豊富」と学習してきたからだと考えられている。
(驚愕)2秒緑を見るだけで創造性アップ!?すごすぎないか!?
研究者たちは、緑が「成長」や「豊かさ」という概念と結びつくことで、心理的に「自由に考えていい」というモードに入るのではないかと考えている。ちなみにこの研究では気分や生理的な活性化への効果は認められなかったので、リラックスとは別のメカニズムだと考えられているよ。
(まとめる)なるほど…。赤は「危険!集中しろ!」、青は「覚醒しろ!考えろ!」、緑は「安全だ!自由にやれ!」…。色ごとに脳への命令が違うんだな!
(参考文献⑥)いい整理だね。そしてもう一つ面白いのが、これらの色と感情の結びつきには文化を超えた普遍性があるということ。Jonauskaiteらが2020年にPsychological Science誌に発表した30カ国4,598人を対象とした大規模研究では、色と感情の結びつきに世界共通のパターンがあることが確認されたんだ。
30カ国!?じゃあ地球人はみんな同じように色に反応してるってこと?
基本的にはね。黄色は「喜び」、黒は「悲しみ」、赤は「怒り」や「愛」と結びつくパターンが文化を超えて共通していた。ただし言語的・地理的に近い国同士ではさらに類似性が強まるという結果も出ていて、文化的な影響もゼロではないよ。
ところでイーモリ、さっきの地球人はどうすればよかったんだ?赤い部屋に住みたいなら。
実は色の効果を「使い分ける」のがポイントなんだ。仕事部屋は集中力を高めたいなら淡い青、リビングはリラックスしたいなら緑やアースカラー、ジムや勉強の追い込み時は赤いアクセントを少し取り入れるといい。
(張り切る)なるほど!場面によって使い分けるんだな!よーし、僕も宇宙船の調査室を色分けするぞ!報告書チェックエリアは赤、作戦会議室は青、お昼寝エリアは緑だ!
(レポートとして総括)…お昼寝エリアはいらないと思うけど。最後にまとめると、地球人の脳は色という情報を、単なる「見た目」ではなく「生存に関わる環境シグナル」として処理している。赤は警戒と注意、青は覚醒と創造、緑は安全と回復。何百万年もの進化が、色という情報に脳が自動的に反応する仕組みを作り上げた。ただし、これらの研究の多くは画面の背景色や数秒の色提示という実験室条件で行われたものだから、実際の部屋の壁の色でどこまで同じ効果があるかは、まだ十分に検証されていない点も覚えておいてほしいね。
(得意顔)よーし!じゃあ早速、侵略計画書は赤い紙に印刷して正確にチェック、新しい作戦は青い部屋で考えて、作戦が失敗したら緑の部屋で寝て…完璧だ!
(苦笑い)…侵略計画はともかく、色の使い方としては合ってる…のかな…。
【参考文献】
① Stauch, B. J., Peter, A., Ehrlich, I., Nolte, Z., & Fries, P. (2022). Human visual gamma for color stimuli. eLife, 11, e75897.
https://doi.org/10.7554/eLife.75897
(プレスリリース: Max Planck Institute)
② Mehta, R., & Zhu, R. J. (2009). Blue or red? Exploring the effect of color on cognitive task performances. Science, 323(5918), 1226-1229.
https://doi.org/10.1126/science.1169144
(再現研究: Steele, K. M. (2014). Failure to replicate the Mehta and Zhu (2009) color-priming effect on anagram solution times. Psychonomic Bulletin & Review, 21(3), 771–776. doi:10.3758/s13423-013-0548-3)
③ Alkozei, A., et al. (2016). Exposure to blue light increases subsequent functional activation of the prefrontal cortex during performance of a working memory task. Sleep, 39(9), 1671-1680.
https://doi.org/10.5665/sleep.6090
③補 van der Lely, S., et al. (2015). Blue blocker glasses as a countermeasure for alerting effects of evening light-emitting diode screen exposure in male teenagers. Journal of Adolescent Health, 56(1), 113-119.
https://doi.org/10.1016/j.jadohealth.2014.08.002
④ Van Duijnhoven, J., et al. (2024). Evaluation of the effects of blue-enriched white light on cognitive performance, arousal, and overall appreciation of lighting. Frontiers in Public Health, 12, 1390614.
https://doi.org/10.3389/fpubh.2024.1390614
⑤ Lichtenfeld, S., Elliot, A. J., Maier, M. A., & Pekrun, R. (2012). Fertile green: Green facilitates creative performance. Personality and Social Psychology Bulletin, 38(6), 784-797.
https://doi.org/10.1177/0146167212436611
⑥ Jonauskaite, D., Abu-Akel, A., Dael, N., et al. (2020). Universal patterns in color-emotion associations are further shaped by linguistic and geographic proximity. Psychological Science, 31(10), 1245-1260.
https://doi.org/10.1177/0956797620948810