イーモリ!イーモリ!大変だ!あの地球人、また画面に張り付いているぞ!もう3時間くらいずーっとスマホをスクロールしている!
ああ、あのカフェにいる青年か。ずっとニュースアプリをスクロールしているね。顔がどんどん暗くなっている。
しかも楽しそうじゃないんだよ!明らかにしんどそうな顔をしているのに、指だけが止まらない。まるで呪いにかかっているみたいだ!
呪いじゃないけど、脳科学的にはかなり近いことが起きている。それは「ドゥームスクローリング」と呼ばれる現象だよ。
ドゥーム…スクローリング?なんか強そうな名前だな!必殺技か?
必殺技じゃないよ。「doom」は「破滅」、「scrolling」は画面をスクロールすること。ネガティブなニュースを延々とスクロールし続けてしまう行動だ。やめたいのにやめられない、悪いニュースの無限ループだね。
えっ、悪いニュースばかり見てるのか!?楽しいニュースを見ればいいじゃないか!パンケーキの新作とか、新しい漫画の連載開始とか!
それが簡単にはいかないんだ。人間の脳には「ネガティビティ・バイアス」という強力な偏りが組み込まれている。2001年にBaumeisterらが発表した有名な論文のタイトルがずばり『Bad is stronger than good(悪いことは良いことより強い)』。脳はポジティブな情報よりネガティブな情報に、より強く、より速く、より長く反応するんだ。
えーーっ!地球人の脳はネガティブ大好きってこと!?
好きというより、生き残るための進化の産物だね。サバンナで暮らしていた祖先を想像してみて。「あの木に果物がある」という情報と「あの茂みにライオンがいる」という情報、どちらを優先すべきだと思う?
そりゃライオンだろ!果物は明日でも食べられるけど、ライオンに食べられたら明日はないぞ!
その通り。だから脳の扁桃体、つまり脅威を検出する「警報装置」が、ネガティブ情報を優先的に処理するように進化した。生存のためには最高の仕組みだったけど、スマホ社会では大問題になっている。
なんでだ?ライオンはもういないだろ?
ライオンの代わりに、戦争、自然災害、犯罪、感染症、経済危機…これらが24時間365日ポケットのスマホから供給される。扁桃体にとっては、どれもライオンと同じ「脅威」なんだ。
ガーン!スマホがライオンの群れになっているってこと!?
まさにそう。しかも問題はここからだ。扁桃体が脅威を検出すると、ストレスホルモン「コルチゾール」を放出させる。ドゥームスクローリングで次から次へとネガティブなニュースを見続けると、コルチゾールが出っぱなしになる。McLaughlinらの2023年の研究では、1100人を調査して16.5%が「重度に問題のあるニュース消費習慣」を持ち、精神的にも身体的にも不調が大きかったと報告されている。
16.5%!けっこう多い!でも嫌なら見なきゃいいだけじゃないか。僕だったら漫画に切り替えるぞ!
そこが脳の恐ろしいところでね。ドゥームスクローリングにはもう一つのメカニズムが絡んでいる。「ドーパミン」だ。ドーパミンは「快楽」そのものというより「予測」と「探索」の物質。SNSやニュースアプリは、スロットマシンと同じ「変動比率強化スケジュール」を使っている。
変動…比率…強化…なんだって?
簡単に言うと「次に何が出てくるか予測できない」ということ。スクロールするたびに次の情報が衝撃的なのか退屈なのか分からない。この不確実性がドーパミンを放出させ、指が止まらなくなる。「もう1回スクロールしたら重要な情報があるかも」と脳が期待し続けるんだ。
なるほど…。つまり扁桃体が「危ない!もっと情報を集めろ!」と叫んで、ドーパミンが「次をめくれ!何か出てくるぞ!」とそそのかす。ダブルで脳がハイジャックされてるのか!
素晴らしい理解だね。そしてこの悪循環が脳を物理的に変えてしまう。Vyasらの2002年の動物実験では、慢性的なストレスホルモンにさらされ続けると、扁桃体のニューロンは新しい樹状突起を伸ばし、扁桃体が肥大化してより過剰に反応するようになることが示されている。ヒトでも同様の変化が起きている可能性が指摘されているんだ。
扁桃体がパワーアップしちゃうのか!それは…いいこと…じゃないよな?
全然良くない。逆に、Arnstenの2009年のレビューが示すように、理性を担当する前頭前皮質は慢性ストレスで構造的にも機能的にも低下する。「やめよう」と思う力がどんどん弱くなる。ブレーキが壊れてアクセルだけが効いている車みたいな状態だ。さらに海馬も萎縮して記憶力が低下する。不安を増やし、判断力を下げ、記憶力まで奪う三重の打撃だよ。
三重の打撃!しかも本人は「情報収集しているだけ」と思ってるんだろ?
そこが重要なポイントだね。Saticiらの2023年の研究では、ドゥームスクローリング頻度が高い人ほど、心理的苦痛を介して人生満足度と生活の調和が低い傾向が見られた。
そんなに影響が!?ところでイーモリ、ポジティブなニュースを見ても同じことが起きるのか?
面白い研究があってね。Longpréらの2021年の研究では、ポジティブなニュースにさらされても、ストレス反応や記憶、感情に有意な変化がなかったんだ。脳はネガティブ情報には強烈に反応するけど、ポジティブ情報にはそこまで反応しない。非対称なんだよ。
ええぇぇぇ!不公平だ!パンケーキの美味しいニュースも戦争のニュースと同じくらい脳に刺さってほしいのに!
気持ちは分かるよ。でも大事なのは「じゃあどうすればいいか」だ。脳科学的に効果のある対策がある。まず「気づく」こと。自分がドゥームスクローリングしていると認識する瞬間が、自動的な習慣を中断するチャンスになる。前頭前皮質が「あ、今やっているな」と気づけば、扁桃体の暴走にブレーキをかけられる。
気づくだけでいいのか!?
出発点としては重要だ。次に「タイマー設定」。ニュースを見る時間を1日15〜30分と決めて物理的なタイマーを使う。ドーパミンの「もう1回」ループを外から断ち切れる。そして「習慣の置き換え」。ドゥームスクローリングしたくなったら、代わりに5分の深呼吸や軽い運動をする。同じ衝動を健康的な行動で満たすんだ。
なるほど!ネガティブニュースの代わりにパンケーキを食べるのはどうだ!?
…食べすぎに注意してね。ちなみにロイター研究所の調査によると、世界中で42%の人が意識的にニュースを避けていると報告されている。多くの人がドゥームスクローリングの害に気づき始めているということだ。
42%!地球人も学んでるんだな。よーし、僕も調査報告書を作るときはネガティブ情報ばかり集めないように気をつけよう!…あ、あの地球人にこっそり教えてあげたいけど、変装バッヂを使ってカフェに行って「スマホ見すぎですよ」って言ったら怪しいかな。
完全に怪しいからやめておこう。彼が自分で気づくことが一番大事なんだからね。まとめると、ドゥームスクローリングは、進化が脳に埋め込んだ「ネガティビティ・バイアス」とスマホの「変動比率強化スケジュール」が悪魔的に組み合わさった現象だ。扁桃体が「もっと脅威を探せ」と叫び、ドーパミンが「次のスクロールに何かあるぞ」とそそのかし、コルチゾールが出っぱなしになって脳の構造まで変えてしまう。アメリカ脳財団も2026年にこの問題について警鐘を鳴らしている。でも「気づく」「時間制限」「習慣の置き換え」で対抗できる。
参考文献
[1] Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Finkenauer, C., & Vohs, K. D. (2001). Bad is stronger than good. Review of General Psychology, 5(4), 323–370. https://doi.org/10.1037/1089-2680.5.4.323
[2] McLaughlin, B., Gotlieb, M. R., & Mills, D. J. (2023). Caught in a dangerous world: Problematic news consumption and its relationship to mental and physical ill-being. Health Communication, 38(12), 2687–2697. https://doi.org/10.1080/10410236.2022.2106086
[3] Satici, S. A., Gocet Tekin, E., Deniz, M. E., & Satici, B. (2023). Doomscrolling Scale: Its association with personality traits, psychological distress, social media use, and wellbeing. Applied Research in Quality of Life, 18(2), 833–847. https://doi.org/10.1007/s11482-022-10110-7
[4] American Brain Foundation. (2026). Doomscrolling and its effects on the brain. https://www.americanbrainfoundation.org/doomscrolling-and-its-effects-on-the-brain/
[5] Vyas, A., Mitra, R., Shankaranarayana Rao, B. S., & Chattarji, S. (2002). Chronic stress induces contrasting patterns of dendritic remodeling in hippocampal and amygdaloid neurons. Journal of Neuroscience, 22(15), 6810–6818. https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.22-15-06810.2002
[6] Arnsten, A. F. T. (2009). Stress signalling pathways that impair prefrontal cortex structure and function. Nature Reviews Neuroscience, 10(6), 410–422. https://doi.org/10.1038/nrn2648
[7] Longpré, C., Sauvageau, C., Cernik, R., Journault, A.-A., Marin, M.-F., & Lupien, S. (2021). Staying informed without a cost: No effect of positive news media on stress reactivity, memory and affect in young adults. PLoS ONE, 16(10), e0259094. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0259094
[8] Reuters Institute. (2026). Digital News Report 2026. University of Oxford. https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/digital-news-report/2026