イーモリ、見てくれよ!あの地球人、ものすごくキラキラした目で箱を開けてるぞ!
ああ、新しいスマートフォンを買ったみたいだな。嬉しそうに何度も画面を触ってる。
あんな小さい板一枚であんなに喜べるなんて…地球人ってチョロいな!僕もスマホ欲しいな!最新のやつ!
ふふふ、でもね、ヤーモリ。あの地球人、1週間後にまた観察してみるといいよ。
え?なんで?1週間後も超ハッピーに決まってるじゃん!だって最新のスマホだぞ!?
それがね、もうあの興奮はほぼ消えてると思うよ。
なにーーーーーーーーーー!?たった1週間で!?あんなにキラキラしてたのに!?
これはね、脳科学では「快楽適応(ヘドニック・アダプテーション)」って呼ばれている現象なんだ。どんなに嬉しいことがあっても、脳が勝手に「幸せの基準値」をリセットしてしまうんだよ。
幸せの基準値をリセット…?脳が勝手に?そんなことしていいのか!?
いい例があるんだ。1978年にブリックマンという研究者たちが、宝くじの高額当選者と、事故で身体が麻痺してしまった人たちの幸福度を調べたんだ。
宝くじ当選者!?そりゃもう毎日パーティーでしょ!パンケーキ食べ放題でしょ!
ところがね、当選から1年後には、宝くじ当選者の幸福度は一般の人とほとんど変わらなかったんだ。それどころか、日常の小さな楽しみ——たとえば友人との会話や食事——を楽しむ力は、当選者のほうがむしろ低下する傾向がみられたんだよ。ただしサンプルは各群20名程度と小規模で、統計的に強固とは言い切れない部分もあるんだけどね。
ガーン!お金持ちになったのにパンケーキが美味しく感じなくなるってこと!?それは…それは最悪だぞ!
逆に、事故で身体が麻痺した人たちも、最初は当然大きなショックを受けるんだけど、時間が経つにつれて幸福度が回復していったんだ。完全に元通りとはいかないけど、予想よりずっと早く適応していた。
えっ…良いことも悪いことも、結局「元に戻る」ってこと?
そう。これが「ヘドニック・トレッドミル(快楽の踏み車)」と呼ばれる現象だね。ランニングマシンの上で走っているようなもので、どんなに前に進んでも、同じ場所にいるような感覚になる。
踏み車…。なんか切ないな…。でもなんで脳はそんな意地悪なことするんだ?
これには脳の「報酬予測誤差」っていうメカニズムが深く関わっているんだ。1997年にシュルツという研究者がドーパミンニューロンの働きを詳しく調べたんだけど——
ドーパミン!知ってるぞ!やる気とか快楽のやつだろ!
そうだね。でも重要なのは、ドーパミンニューロンは「報酬そのもの」には反応しないということなんだ。反応するのは「予測と現実のズレ」、つまり予測誤差に対してなんだよ。
予測と現実のズレ…?
例えば、初めてパンケーキを食べた時のことを思い出してみて。予想もしていなかった美味しさに感動したでしょ?その時、ドーパミンニューロンが大量に発火する。「予測よりすごい!」っていうサプライズシグナルだね。
あー!あの時の衝撃は忘れないぞ!ホイップクリームが口の中でとろけて…天国かと思った!
でもね、10回目、20回目と食べ続けると、脳はもう「パンケーキは美味しい」と完全に予測できるようになる。予測と現実が一致するから、予測誤差はゼロ。つまりドーパミンの発火もほぼゼロになるんだ。
えええ!?パンケーキのドーパミンがゼロ!?嘘だろ!?僕は毎日パンケーキ食べてるけど幸せだぞ!
もちろん味覚的な満足はあるよ。でも最初に食べた時の「あの感動」は、もう二度と来ないんだ。脳が「知ってる、知ってる」って処理しちゃうから。
いいもん。いいもん。どーせ僕のパンケーキ感動はもう来ないんだもん…。
そんなに落ち込まないで。もう少し深い話をするとね、これにはドーパミン受容体の「ダウンレギュレーション」も関係しているんだ。
ダウンレギュ…何?
ドーパミンを受け取るアンテナのようなもの——受容体のことなんだけど、特に強い快楽刺激が繰り返されると、脳が「ドーパミンが多すぎる」と判断して、受容体の数を減らしてしまうんだ。2010年にジョンソンとケニーが行ったラットの実験では、高脂肪・高カロリーの食事を繰り返し与えると、ドーパミンD2受容体が減少して、快楽を感じにくくなり、さらに過食が進むという悪循環が確認されたんだ。同じ量のドーパミンが出ても、受け取るアンテナが少ないから、感じる喜びが弱くなる。
アンテナを減らす!?脳の自作自演じゃないか!自分で喜びを潰してるのか!
でもこれは実は脳の「安全装置」なんだよ。もし快楽の信号がずっと最大値で出続けたら、脳は他のことに注意を向けられなくなる。危険が迫っても気づけない。生存にとって、快楽に鈍くなることは必要な機能なんだ。
うーん…確かに、パンケーキに夢中で敵に襲われたら困るけど…。でも地球人ってこの仕組みのせいで「もっともっと」って際限なく欲しがるようになるんじゃないか?
いいところに気づいたね。まさにそれが「ヘドニック・トレッドミル」の問題点なんだ。新しいスマホを買って幸せになる→慣れる→もっと新しいスマホが欲しくなる→買う→また慣れる…の無限ループ。
それって竜の玉の文献に出てくる「仙豆」みたいなもんだな!食べた瞬間は全回復するけど、効果は一時的だ!
…まあ、遠くはないかな。フレデリックとローウェンスタインという研究者たちは1999年に、この適応メカニズムを詳しくまとめたんだけど、面白いことに、人間は「快楽に適応する速さ」を過小評価するんだ。つまり「この買い物をすればずっと幸せでいられる」と思い込んでしまう。
あー!確かに僕も「この漫画を全巻揃えたら一生幸せだ」って思ったけど、揃えた翌日にはもう次の漫画が欲しくなってた…。
でもね、2006年にディーナーたちが「快楽の踏み車を超えて」という論文を発表して、重要な修正をしたんだ。快楽適応は絶対的なものじゃなくて、個人差がある。そして、適応できないこともあるんだよ。
適応できないことも?
たとえば、失業や配偶者との死別は、何年経っても幸福度が完全には回復しないことが大規模な追跡調査で示されているんだ。つまり「何にでも慣れる」わけではない。
そうか…良いことにはすぐ慣れるのに、辛いことには慣れにくいって…脳、ちょっと不公平じゃないか?
進化的には理にかなっているんだよ。危険や損失を忘れてしまうより、覚えていたほうが生き残れるからね。
じゃあ、地球人は永遠に「もっともっと」を追い求めるしかないのか?なんか希望がない話だな…。
いや、ここからが面白いんだ。2003年にヴァン・ボーヴェンとギロヴィッチが発見したんだけど、「モノ」を買うよりも「体験」にお金を使ったほうが、幸福度が長く続くんだよ。
体験?旅行とかってこと?
そう。新しいスマホは毎日触るうちに「当たり前」になるけど、旅行の思い出は時間が経つほど美化される傾向がある。しかも体験は他人と比較しにくいんだ。隣の人がもっと高いスマホを持っていると気になるけど、旅行の体験を比較するのは難しいでしょ?
確かに!僕が地球のカフェで食べたパンケーキの感動は、誰とも比べようがないぞ!
さらに2012年にシェルドンとリュボミルスキーが「快楽適応防止モデル」というものを提案したんだ。快楽適応を遅らせる2つの鍵を見つけたんだよ。
快楽適応を遅らせる!?教えてくれ!僕のパンケーキの感動を守りたい!
1つ目は「感謝」だよ。今あるものへの感謝を意識的に続けること。感謝の気持ちが脳の「当たり前フィルター」をリセットして、日常の喜びへの感度を取り戻すんだ。
感謝か…。パンケーキが食べられることに毎回感謝すればいいのか!「今日もパンケーキが存在してくれてありがとう!」って!
ふふふ、それでいいと思うよ。そして2つ目は「バラエティ(多様性)」だ。同じことの繰り返しではなく、少しずつ変化をつけること。たとえば毎日同じパンケーキじゃなくて、トッピングを変えたり、違うお店で食べたり。
なるほど!ホイップクリームの日、チョコレートの日、フルーツの日…って変えれば、毎回ちょっとしたサプライズになるってことか!
その通り。脳の予測誤差を小さく発生させ続けることで、ドーパミンの反応を維持できるんだ。完全な予測を許さない程度の「小さな新しさ」がポイントだね。
ふっふっふ。これも調査の一環なのだ。よし、今日はパンケーキに地球のアイスクリームを乗せて食べるぞ!脳にサプライズを与えてやるのだー!
まとめると、快楽適応は脳の安全装置であり、ドーパミンの報酬予測誤差が主なメカニズムで、特に強い快楽刺激の反復では受容体のダウンレギュレーションも関わってくる。でも「感謝」と「多様性」で適応のスピードを遅らせることができる。そして「モノ」より「体験」にお金を使うほうが幸福感は長続きする。
よーし!僕は今日から「体験重視型パンケーキライフ」を送るぞ!毎日違う場所で、違うトッピングで、感謝しながらパンケーキを食べるのだ!
…結局パンケーキからは離れないんだね。
僕は隊長だからな。他の隊員たちの手本となるように積極的に前線で体を張って調査しないとな!パンケーキの適応速度を実地検証するのだ!
はいはい。詳しいレポートは概要欄に載せておくよ。
参考文献
- Brickman, P., Coates, D., & Janoff-Bulman, R. (1978). Lottery winners and accident victims: Is happiness relative? Journal of Personality and Social Psychology, 36(8), 917–927. https://doi.org/10.1037/0022-3514.36.8.917
- Schultz, W., Dayan, P., & Montague, P. R. (1997). A neural substrate of prediction and reward. Science, 275(5306), 1593–1599. https://doi.org/10.1126/science.275.5306.1593
- Frederick, S., & Loewenstein, G. (1999). Hedonic adaptation. In D. Kahneman, E. Diener, & N. Schwarz (Eds.), Well-being: The foundations of hedonic psychology (pp. 302–329). Russell Sage Foundation.
- Van Boven, L., & Gilovich, T. (2003). To do or to have? That is the question. Journal of Personality and Social Psychology, 85(6), 1193–1202. https://doi.org/10.1037/0022-3514.85.6.1193
- Diener, E., Lucas, R. E., & Scollon, C. N. (2006). Beyond the hedonic treadmill: Revising the adaptation theory of well-being. American Psychologist, 61(4), 305–314. https://doi.org/10.1037/0003-066X.61.4.305
- Johnson, P. M., & Kenny, P. J. (2010). Dopamine D2 receptors in addiction-like reward dysfunction and compulsive eating in obese rats. Nature Neuroscience, 13(5), 635–641. https://doi.org/10.1038/nn.2519
- Sheldon, K. M., & Lyubomirsky, S. (2012). The challenge of staying happier: Testing the hedonic adaptation prevention model. Personality and Social Psychology Bulletin, 38(5), 670–680. https://doi.org/10.1177/0146167212436400