イーモリ、見てくれ!あの地球人、またスマホばっかりいじってるぞ!カフェに来てるのに一度もメニューを自分で覚えようとしない。毎回スマホで写真撮って見返してる!
ああ、確かに。注文のたびにスマホのメモを確認してるね。前回と同じ店なのに。
しかもさっき道に迷ってたぞ!?何回も来てる場所なのに、地図アプリがないと歩けないって…地球人の脳みそ大丈夫か?
それ、実はすごく深い話なんだ。あの地球人の脳は壊れてるわけじゃない。脳が「記憶の仕方」そのものを変えてしまったんだよ。
記憶の仕方を変えた?どういうことだ?
2011年にコロンビア大学のスパロウたちが『Science』に発表した有名な実験があるんだ。ちなみにこの研究の共著者であるハーバード大学のウェグナーは、後で話す「トランザクティブ・メモリー」を提唱した本人でもある。被験者に雑学的な情報を覚えさせるんだけど、「この情報はあとでコンピュータに保存される」と伝えたグループと、「消去される」と伝えたグループに分けたんだ。
ふむふむ。それで?
結果は衝撃的だった。「保存される」と思ったグループは、情報そのものをほとんど覚えていなかった。でもその代わり、「どのフォルダに保存されたか」という場所の記憶は正確に覚えていたんだ。
なにーーーーーーーーーー!?つまり「答え」は忘れるけど「答えがある場所」は覚えてるってこと!?
そう。これが「Googleエフェクト」と呼ばれる現象だよ。脳は「いつでも調べられる」と判断した情報は、そもそもエネルギーを使って記憶しようとしなくなるんだ。
脳がサボってるのか!?
サボってるというより、「賢く手抜きしてる」と言った方が正確かな。これは心理学者のダニエル・ウェグナーが1987年に提唱した「トランザクティブ・メモリー」という概念と関係があるんだ。
トランザクティブ?なんだか難しそうな名前だな…。
簡単に言うとね、人間はもともと「他人の脳を自分の外付けハードディスクとして使う」仕組みを持ってるんだ。例えば夫婦だと、「料理のレシピは妻が覚えてる」「車の整備は夫が覚えてる」って役割分担するだろう?これがトランザクティブ・メモリーだよ。
あ、なるほど!僕もイーモリに「あの論文の内容教えて」ってすぐ聞くもんな!自分で覚えてないけど、イーモリが覚えてるから安心してる!
まさにそれ。で、問題はここからなんだ。人間はこの「外付け記憶」の相手を、他の人間からスマートフォンやインターネットに置き換えてしまったんだよ。
つまり…パートナーの代わりにスマホが「記憶担当」になったってこと!?
そういうこと。しかも人間のパートナーと違って、スマホは24時間いつでも即座に答えてくれる。だから脳はどんどん「自分で覚える必要がない」と判断する範囲を広げていくんだ。
でもさ、それって便利でいいことなんじゃないのか?覚えなくていいなら脳のエネルギー節約できるだろ?
いい質問だね。実はストーム&ストーンの2015年の研究で、「情報を保存した後だと、新しい情報の記憶力が向上する」という結果も出ているんだ。つまり認知的オフローディング、記憶の外部委託には一定のメリットもある。
ほらやっぱり!スマホ最高じゃん!全部スマホに任せて僕は漫画読むぞー!
…と言いたいところだけど、そう単純じゃないんだ。2017年にテキサス大学のウォードたちが発表した「ブレイン・ドレイン」研究を見てみよう。
ブレイン・ドレイン?脳が排水溝に流れるのか?
文字通り「脳の流出」だね。この実験では、被験者にスマホを「机の上」「ポケットの中」「別の部屋」のどれかに置いてもらって、認知テストを受けさせたんだ。
スマホの場所で結果が変わるのか?電源切ってても?
そう、電源を切っていても、画面を裏返していても、スマホが「視界に入る場所にある」だけでワーキングメモリ、つまり脳の作業台の性能が低下したんだ。別の部屋に置いた人が一番成績が良かった。
ガーン!見てるだけで脳の性能が落ちるなんて…スマホって呪いのアイテムか!?
研究者たちの説明はこうだよ。脳は常にスマホの存在を意識していて、「通知が来てないかな」「SNSをチェックしたいな」という衝動を抑え込むために認知リソースを消費している。つまり脳が「スマホを無視する」ためにエネルギーを浪費してしまうんだ。
スマホを見ないように我慢してるだけで脳が疲れるってこと!?
その通り。しかもこの影響は、スマホ依存度が高い人ほど大きかったんだ。日本でも「スマホ認知症」という言葉が注目されるなど、この問題への関心は高まっているんだよ。
スマホ認知症!?若い地球人でもなるのか?
うん。大量の情報を次から次へとスマホで浴び続けると、脳の情報処理が追いつかなくなることがある。すると前頭前野、いわゆる脳の司令塔が疲弊して、物忘れや集中力低下といった症状が出やすくなると言われているんだ。ただしこれは医学的な「認知症」とは異なるもので、あくまで一時的な認知機能の低下を指す啓発的な概念だよ。
うわぁ…じゃあ地球人はもうスマホに脳を乗っ取られてるってこと?取り返しがつかないのか?
いやいや、そこまで悲観的にならなくていいよ。大事なのは「使い方」なんだ。2017年のウィルマーたちのレビュー論文では、スマホが認知機能に与える影響は「注意」「記憶」「報酬の遅延耐性」の3領域に整理されているんだけど、どれもスマホ自体が悪いわけじゃなく、使い方の問題だと指摘されている。
じゃあ具体的にどうすればいいんだ?僕…じゃなくて、地球人たちは!
まず1つ目。「調べる前に3秒だけ自分で思い出す努力をする」こと。脳は「検索する」という行為で記憶を定着させるんだけど、スマホで即座に調べると、この「思い出す」プロセスがスキップされてしまう。「あれ、なんだっけ…」と脳に負荷をかけること自体が記憶のトレーニングになるんだ。
3秒でいいのか!それなら僕にもできそうだ!…えーと、今朝食べたパンケーキの味は…クリームが多めで…よし、覚えてた!
…それは忘れる方が難しい情報だと思うけど。2つ目は「勉強や仕事の時はスマホを別の部屋に置く」こと。ウォードの研究が示した通り、視界にあるだけで脳のリソースが削られるからね。
別の部屋か…。でもそれだと通知が気になって逆にソワソワしないか?
最初はそうかもしれない。でもしばらくスマホから離れると、不安は徐々に落ち着いてくるという報告もあるよ。3つ目は「覚えたい情報は手書きでメモする」こと。キーボード入力よりも手書きの方が脳の記憶定着率が高いことは、Mueller & Oppenheimer(2014)の研究など複数の研究で示されているからね。
なるほどなぁ…。つまりスマホが悪いんじゃなくて、スマホに記憶を「丸投げ」しすぎることが問題なんだな!
その通り。スマホはあくまで「外部記憶装置」として使い分ければいい。全部を委ねるんじゃなくて、「大事なことは自分の脳にも入れる」「どうでもいいことだけスマホに任せる」という線引きが重要なんだ。
よーし!僕も今日から脳トレだ!まずはイーモリの誕生日を自力で思い出すぞ!えーっと…7月…いや8月…あれ、11月?
…僕たち宇宙人に誕生日の概念はないんだけど。
え。…い、いいもん。いいもん。どーせ僕はポンコツだもん…。でも!これからは大事なことはちゃんと自分の脳で覚えるぞ!まずはパンケーキのトッピングの種類を全部暗記だ!
…まあ、記憶の練習としてはアリかな。ふふふ。
参考文献
Sparrow, B., Liu, J., & Wegner, D. M. (2011). Google effects on memory: Cognitive consequences of having information at our fingertips. Science, 333(6043), 776–778.
Ward, A. F., Duke, K., Gneezy, A., & Bos, M. W. (2017). Brain drain: The mere presence of one’s own smartphone reduces available cognitive capacity. Journal of the Association for Consumer Research, 2(2), 140–154.
Wilmer, H. H., Sherman, L. E., & Chein, J. M. (2017). Smartphones and cognition: A review of research exploring the links between mobile technology habits and cognitive functioning. Frontiers in Psychology, 8, 605.
Storm, B. C., & Stone, S. M. (2015). Saving-enhanced memory: The benefits of saving on the learning and remembering of new information. Psychological Science, 26(2), 182–188.
Wegner, D. M. (1987). Transactive memory: A contemporary analysis of the group mind. In B. Mullen & G. R. Goethals (Eds.), Theories of group behavior (pp. 185–208). Springer-Verlag.
Mueller, P. A., & Oppenheimer, D. M. (2014). The pen is mightier than the keyboard: Advantages of longhand over laptop note taking. Psychological Science, 25(6), 1159–1168.