おーい、イーモリ。あの地球人を見てくれ。オフィスのデスクにへばりついて、もう3時間もモニターを睨んでいるぞ。しかもペットボトルの水が朝からほとんど減っていない。
ああ、見えてるよ。表情もぼんやりしてきたね。さっきから同じメールを3回読み直しているのに気づいた?
え、そうなの? 仕事がつまらないのかと思ったけど。
違う。あれはおそらく「脱水」の初期症状だよ。水分が足りなくなると、脳のパフォーマンスが急激に落ちるんだ。
脱水って、砂漠で倒れるやつだろ? クーラーの効いたオフィスにいるのに?
それが地球人の大きな誤解なんだ。脱水とは、体内から失われる水分が摂取する水分を上回っている状態のこと。砂漠じゃなくても、汗をかかなくても、呼吸や皮膚からの蒸発で常に水分は失われている。オフィスワーカーでも普通に起きるんだよ。
へぇ。でも、のどが渇いたら水を飲めばいいだけじゃないか。
ここが重要なポイントだ。「のどが渇いた」と感じた時点で、すでに体重の1〜2%の水分が失われている。渇きの感覚は、脳の「脳弓下器官」や「終板脈管器官」が血液の浸透圧の変化を検知して発生させるんだけど、このセンサーはかなり鈍い。脳にとっては、もう「手遅れ」に近い段階なんだ。
なにーーーーー! のどの渇きって早期警報じゃなかったのか!?
残念ながらね。デバイスブックを開くよ。人間の脳は約75%が水でできている。体の中で最も水分含有率が高い臓器のひとつだ。だからこそ水分の変化に極めて敏感なんだよ。
75%!? ほぼ水じゃないか! で、水が足りなくなると何が起きるんだ?
2005年にDuningらがNeurologyに発表した研究では、わずか16時間の水分制限で脳の体積が約0.55%縮小することがMRIで確認された。脳が文字通り「しぼむ」んだ。また2012年のStreitbürgerらの研究(約40時間の水分制限)でも脳室が広がる傾向が見られている。
メカニズムはこうだ。体内の水分が減ると血液の浸透圧が上がり、脳細胞の中の水が浸透圧の勾配に引っ張られて細胞外へ移動してしまう。
脳が物理的に縮む!?
特に「アストロサイト」という脳の支持細胞が関わっていると考えられている。アストロサイトの表面には「アクアポリン4」という水の通り道となるタンパク質が密集していて、脳内の水分バランスを調整しているんだ。脱水状態になると、この水の通り道を通って細胞内の水が外に出ていき、脳全体の体積が減少すると考えられているよ。
うわぁ……。で、脳が縮むと具体的に何が起きるの?
コネチカット大学の2つの研究が非常に重要でね。2012年にArmstrongらが女性を対象にした研究では、体重の約1.36%の脱水で気分の悪化・頭痛・集中しにくさが生じた。一方2011年にGanioらが男性を対象にした研究では、約1.59%の脱水でワーキングメモリが低下している。
体重60kgの人ならペットボトル2本弱、約900mlの水分を失うだけで、脳のパフォーマンスに影響が出始めるということだ。ただし、Wittbrodt & Millard-Stafford(2018)のメタ分析では、認知機能がはっきり低下するのは体重の2%以上の脱水からとされている。
900mlって、夏に外を歩いたら1時間で失いそうだぞ! 気分にまで影響するのか!?
大きく影響する。脱水状態になると、脳のHPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)が活性化してストレスホルモンの「コルチゾール」の分泌が増加すると考えられている。水を飲まないだけで、脳がストレス反応を起こし、不安やイライラにつながりうるんだ。
ガーン! 僕が最近イライラしていたのは、パンケーキが小さかったからじゃなくて、水を飲んでいなかったからかもしれないのか!?
可能性はあるね。さらに2011年にKemptonらがHuman Brain Mappingに発表した、10代の若者を対象としたfMRI研究では、脱水状態でも課題のパフォーマンス自体は保たれていたんだけど、前頭頭頂領域の脳活動が大幅に増加していた。つまり同じ結果を出すために、脳がより多くの神経リソースを動員しなければならなくなっていたんだ。
普段より頑張っているのに、成果は同じか、むしろ下がるってこと? いわば脳の「低燃費モード」が壊れた状態か。
まさにそうだ。脳のガソリンである水分が足りないのに脳がフルスロットルで回転しようとする。これが「なんだか疲れる」「集中力が続かない」の正体なんだよ。
で、これって生まれつきの体質で決まるのか? それとも誰でも起きること?
基本的に誰でも起きる。ただし感受性には個人差がある。年齢が高い人ほど渇きのセンサーが鈍くなるし、子どもは体重あたりの体表面積が大きいため水分を失いやすい。つまり子どもと高齢者は特にリスクが高い。先天的な「水に弱い脳」があるわけじゃなく、環境と習慣の問題だね。
なるほど。じゃあ、水を飲めば元に戻るのか?
そこが朗報だ。脱水による脳の萎縮は「可逆的」なんだ。2015年にBillerらがAmerican Journal of Neuroradiologyに発表した研究では、12時間の脱水で脳の体積が約0.36%減少したけれど、水分補給後には脱水状態と比べて0.87%増加し、元の体積に戻ることが確認されている。Duning(2005)の研究でも補給後に0.72%の体積回復が示されている。
おお! じゃあどうすればいいんだ? 具体的な対処法を教えてくれ!
まず最も重要なのは「のどが渇く前に飲む」こと。渇きの感覚に頼らず、1時間に200ml程度、コップ1杯分を定期的に摂取する。一度に大量に飲むより、こまめに少量ずつ飲むほうが効果的だ。腎臓が1時間に処理できる水分には限度があるから、一度に大量に飲むと水中毒(低ナトリウム血症)のリスクがある。水だけでなく、適度なナトリウムも一緒に摂ると吸収効率が上がるよ。
コーヒーとかビールじゃダメなのか?
カフェインやアルコールには利尿作用があるから、水分補給の「主力」にはしないほうがいい。特にアルコールは明確に脱水を促進する。ちなみにMaughanら(2016)の研究では、牛乳は水よりも水分保持率が高いことが示されているよ。タンパク質や脂肪、電解質が含まれていて、ゆっくり吸収されるからね。
やったーーーーーー! 牛乳最強じゃないか! で、1日にどれくらい飲めばいいの?
厚生労働省の目安では、成人が1日に必要な水分は約2.5リットル。内訳は飲み水が約1.2リットル、食事から約1.0リットル、体内の代謝で生まれる水が約0.3リットルだ。夏場や運動時は汗をかいた分を追加で補給する必要があるよ。脱水かどうかのセルフチェックには尿の色が最も簡単だ。薄い黄色なら十分、濃い黄色やオレンジに近い場合は脱水のサインだよ。
色で判断できるのか。それは簡単だ!
ただし注意してほしいことがある。慢性的に頭痛や倦怠感、集中力の低下が2週間以上続く場合は、脱水だけが原因ではないかもしれない。甲状腺機能の異常や貧血、うつ病など似た症状を引き起こす疾患は多い。そういう場合は水を飲んで解決しようとせず、医療機関を受診してほしい。
わかった! それは大事だな。
まとめると、脳は体の中で特に水分に敏感な臓器であり、体重の1〜2%程度の脱水でも気分や認知パフォーマンスに影響が出始める。MRI研究では脳の体積が実際に縮小することも確認されている。メカニズムにはアクアポリン4とアストロサイトの水分調整システムが関わっていると考えられている。そして嬉しいことに、水分を補給すれば脳の体積は回復する。最も手軽で最もコスパがいい脳のメンテナンス法は「水を飲む」ことなんだ。
サプリでもトレーニングでもなく、ただ定期的に水を飲むだけでいいのか! よーし、僕も今日からこまめに飲むぞ! ……あ、でも牛乳のほうがいいんだよな? じゃあ牛乳を1日3リットル——
……それはお腹を壊すからやめておこうか。
えぇ!?
参考文献
Armstrong, L. E., et al. (2012). Mild dehydration affects mood in healthy young women. The Journal of Nutrition, 142(2), 382–388. https://doi.org/10.3945/jn.111.142000
Biller, A., et al. (2015). Responses of the human brain to mild dehydration and rehydration explored in vivo by 1H-MR imaging and spectroscopy. American Journal of Neuroradiology, 36(12), 2277–2284. https://doi.org/10.3174/ajnr.A4508
Duning, T., Kloska, S., Steinsträter, O., Kugel, H., Heindel, W., & Knecht, S. (2005). Dehydration confounds the assessment of brain atrophy. Neurology, 64(3), 548–550. https://doi.org/10.1212/01.WNL.0000150542.16969.CC
Ganio, M. S., et al. (2011). Mild dehydration impairs cognitive performance and mood of men. British Journal of Nutrition, 106(10), 1535–1543. https://doi.org/10.1017/S0007114511002005
Kempton, M. J., et al. (2011). Dehydration affects brain structure and function in healthy adolescents. Human Brain Mapping, 32(1), 71–79. https://doi.org/10.1002/hbm.20999
Masento, N. A., et al. (2014). Effects of hydration status on cognitive performance and mood. British Journal of Nutrition, 111(10), 1841–1852. https://doi.org/10.1017/S0007114513004455
Maughan, R. J., Watson, P., Cordery, P. A. A., Walsh, N. P., Oliver, S. J., Dolci, A., Rodriguez-Sanchez, N., & Galloway, S. D. R. (2016). A randomized trial to assess the potential of different beverages to affect hydration status: Development of a beverage hydration index. American Journal of Clinical Nutrition, 103(3), 717–723. https://doi.org/10.3945/ajcn.115.114769
Streitbürger, D. P., et al. (2012). Investigating structural brain changes of dehydration using voxel-based morphometry. PLOS ONE, 7(8), e44195. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0044195
Wittbrodt, M. T., & Millard-Stafford, M. (2018). Dehydration impairs cognitive performance: A meta-analysis. Medicine & Science in Sports & Exercise, 50(11), 2360–2368. https://doi.org/10.1249/MSS.0000000000001682