(宇宙船のモニターを覗き込みながら)おーい、イーモリ!ちょっと来てくれー!この地球人、めちゃくちゃ面白い動きしてるぞ!
(コーヒーを片手に近づく)うーん、今日のコロンビアは特に香り高いな。…で、どの地球人?
ほら、あの会議室にいるサラリーマン!プレゼンしてるんだけど、やたら「えーっと」「あのー」って言ってるんだよ。数えたら1分間に12回も言ってる!すごくない!?
ああ、それは「フィラー」と呼ばれる言語現象だね。「えーっと」「あのー」「うーん」みたいな、言葉の隙間を埋める音声のことだよ。
フィラー? なんだそれ、パンケーキのフィリングの親戚か?
(苦笑)…違うよ。英語では「filler words」って言うんだ。でもね、これがただの口グセだと思ったら大間違いなんだよ。最新の脳科学で、フィラーが「脳の健康状態を映す鏡」かもしれないって分かってきたんだ。
な、なにーーーーーー!? 「えーっと」で脳の健康が分かるの!? そんなバカな!
2025年に、カナダのベイクレスト研究所とトロント大学の研究チームが『Journal of Speech, Language, and Hearing Research』に発表した研究があるんだ。Weiらの二段階の研究で、まず65〜75歳の高齢者67名を対象にした研究1、さらに18〜90歳の174名に広げた研究2を実施して、自然な会話を分析したんだよ。
ほうほう。174人のおしゃべりを聞いたと。それで?
結果はとても興味深かった。会話中の「語想起困難(word-finding difficulty)」——フィラーや言い淀み、言葉が出てこない現象を含む幅広い指標——が、「実行機能」と呼ばれる脳の高次機能と関連していたんだ。
実行機能? なんかカッコいい名前だな。僕も実行機能で部下に命令出してるぞ!
(笑)ちょっと違うかな。実行機能っていうのは、脳の前頭前野が担当する「計画を立てる」「注意を切り替える」「不要な情報を抑える」「ワーキングメモリで情報を保持する」といった能力の総称だよ。いわば脳の「司令塔」機能だね。
おおお、脳の司令塔! つまり僕の脳にも司令塔がいるってこと?
うん。そしてこの研究で重要なのは、語想起困難の指標が高い人ほど、実行機能テスト(特に抑制機能やワーキングメモリ)のスコアが低い傾向があったということ。しかもこの関連は、年齢や性別、教育歴の影響を取り除いても残っていたんだ。
ええっ! じゃあ僕が「えーっと」って言うたびに、脳の司令塔がサボってるってこと!?
サボってるというより、司令塔が忙しすぎて処理が追いつかない状態、と言った方が正確かな。そこでもう一つの研究を紹介しよう。ウェイン州立大学の浅野英志教授らのチームが2020年に『Scientific Reports』に発表した研究だよ。
今度はアメリカの研究か!
うん。この研究では、てんかん治療のために脳に電極を埋め込んだ小児患者3名(15〜17歳)を対象に、皮質脳波記録(ECoG)で脳活動を直接測定したんだ。被験者に写真を見せて、その場面を口頭で説明してもらった。サンプル数が少なく、論文自身も「予備的結果(preliminary results)」と位置づけているけれど、脳の直接計測という点で非常に貴重なデータなんだよ。
脳に直接電極!? それはすごいな…。で、何が分かったの?
フィラーを発する瞬間、脳の「連合野」と「視覚野」が通常の単語を話すときよりも、はるかに強く活性化していたんだ。高ガンマ波という脳波が大きく増強されていた。
つまり「えーっと」って言ってる間、脳はむしろめちゃくちゃ働いてるってこと!?
その通り! 浅野教授の仮説では、フィラーは「脳の広域ネットワークが認知処理に忙殺されている」サインなんだ。言葉を探す「語彙検索」、情報を一時保存する「ワーキングメモリ」、目の前の情景を処理する「視覚走査」…これらが同時にフル稼働しているときに、言葉の出力が一時停止してフィラーが出るんだよ。
おお! じゃあフィラーは脳が一生懸命働いてる証拠じゃないか! 僕は「えーっと」大王だから、実は超天才なのでは!?
(やれやれ)…それはちょっと話が違うかな。さらに2019年の『Nature Communications』に掲載されたHoffmanの研究では、前頭前野——特に下前頭回(BA45)や前外側前頭前野(BA10)——の活動パターンと、話の一貫性との関連が報告されているんだ。
前頭前野の活動低下…?
うん。Hoffmanの研究では、前頭前野のこうした領域の活動が弱い人ほど、話の筋が逸れやすい傾向が見られたんだ。また、別の総説論文(Hertrichら, 2021)では、背外側前頭前野(DLPFC)も言語処理全般に重要な役割を果たすことが整理されている。つまり、フィラーが異常に増えるのは、前頭前野を含む言語ネットワーク全体が疲弊しているサインかもしれないんだよ。
な、なるほど…。じゃあ僕がプレゼンで「えーっと」を連発するのは、脳が疲れてるから!?
可能性はあるね。そしてここからが本当にすごい話なんだけど、2026年にワシントン州立大学の研究チームが発表したパイロット研究では、AIを使って日常会話を分析するだけで、認知機能低下の初期兆候を約75%の精度で予測できる可能性が示されたんだ(※注:2026年3月発表のプレスリリースに基づく。査読付き論文として正式発表前のため、数値は暫定的)。
75%!? AIが会話を聞くだけで脳の健康が分かるの!?
そうなんだ。AIは人間には気づけないような、ポーズの長さや頻度、フィラーのパターン、語彙の多様性、代名詞の使用頻度など、何百もの微細な特徴を検出できるんだよ。
(ゴクリ)…つまり将来的には、電話で話すだけで「あなた、ちょっと脳が疲れてますよ」って教えてもらえる時代が来るってこと?
まさにそういう研究が進んでいるよ。従来の認知機能検査は病院に行って専門の検査を受ける必要があったけど、日常会話の分析なら非侵襲的で、繰り返し測定できて、しかも本人に負担がかからない。スケーラブルな認知スクリーニングの実現が近づいているんだ。
ふっふっふ…。ということは! 僕がこの技術を応用すれば、部下たちの報告を聞くだけで「こいつは脳が疲れてるからサボってるわけじゃない」って判断できるようになるな! 名付けて「ヤーモリ式・フィラー検知マネジメントシステム」!
(ため息)…方向性は悪くないけど、名前のセンスが壊滅的だね。でもね、実際に日常でできることもあるんだよ。
おっ、なになに?
まず大事なのは、フィラーが増えたときに「自分の脳が今忙しいんだな」と気づくこと。睡眠不足、ストレス過多、マルチタスクのやりすぎ…これらは前頭前野の機能に影響を与えることが知られている。直接的な因果関係はまだ研究途上だけど、十分な睡眠、適度な運動、ストレス管理が前頭前野のコンディションを支え、結果として「話し方」にも良い影響を与える可能性があるんだ。
なるほど! つまり僕が「えーっと」を減らしたかったら、まずはちゃんと寝ろってことか!
その通り。それから、普段から語彙を豊かにしておくことも大切だよ。読書や新しい言葉を使う練習は、語彙検索のスピードを上げて、フィラーを減らす効果が期待できる。脳の「言葉の引き出し」を整理整頓しておくイメージだね。
言葉の引き出し! 僕は漫画ばっかり読んでるから、「かめはめ波」とか「界王拳」の語彙はバッチリだぞ!
(笑)…それはそれで立派な語彙だけど、もう少しバリエーションがあると良いかもね。最後にまとめると、「えーっと」は決して恥ずかしいものではなく、脳が一生懸命に言葉を探している証拠。ただし現時点の研究は主に相関関係を示したもので、因果関係の解明はこれからだ。それでも、フィラーが普段より明らかに増えたと感じたら、脳のコンディションに目を向けるきっかけにはなるかもしれない。日常の話し方に少し意識を向けるだけで、自分の脳のコンディションを知る手がかりになるんだよ。
よーし! 今日から僕は自分のフィラーを数えるぞ! そして部下たちの報告も分析して…えーっと、あのー、うーんと…あれ、何を言おうとしたんだっけ?
…君の脳の司令塔、今まさにフル稼働中みたいだね。
参考文献
Wei, H. T., Kulzhabayeva, D., Erceg, L., Kates Rose, M., Spencer, K. A., Robin, J., Bialystok, E., & Meltzer, J. A. (2025). Natural speech analysis can reveal individual differences in executive function across the adult lifespan. Journal of Speech, Language, and Hearing Research. https://doi.org/10.1044/2025_JSLHR-24-00268
Sugiura, A., Alqatan, Z., Nakai, Y., Kaur, S., Pang, E. W., & Asano, E. (2020). Neural dynamics during the vocalization of ‘uh’ or ‘um’. Scientific Reports, 10, 11987. https://doi.org/10.1038/s41598-020-68606-x
Hoffman, P. (2019). Reductions in prefrontal activation predict off-topic utterances during speech production. Nature Communications, 10, 515. https://doi.org/10.1038/s41467-019-08519-0
Hertrich, I., Dietrich, S., Blum, C., & Ackermann, H. (2021). The role of the dorsolateral prefrontal cortex for speech and language processing. Frontiers in Human Neuroscience, 15, 645209. https://doi.org/10.3389/fnhum.2021.645209
※ ワシントン州立大学のAI認知スクリーニング研究については、2026年3月の大学プレスリリースに基づく。査読付き論文として正式に公開され次第、文献情報を更新予定。