イーモリ、あの地球人を見てくれ。さっきから同じ部屋の中をウロウロして、何かを探しているぞ。
ああ、あれは「あれ、何しに来たんだっけ」という状態だね。部屋に入った瞬間に目的を忘れてしまう現象だ。
えっ、地球人ってそんなことあるのか!? 僕だって宇宙船のブリッジに来て「あれ、何しに来たんだっけ」ってなることあるけど……あ、それは僕がポンコツだからか。
いや、それは脳の問題かもしれない。実は今、地球ではある栄養素の不足が脳の老化を加速させていることがわかってきているんだ。
脳の老化を加速!? なにそれ、怖いじゃないか! その栄養素って何なんだ?
マグネシウムだよ。体内の300種類以上の酵素反応に関わるミネラルで、脳の働きにも深く関係している。
マグネシウム? 聞いたことはあるけど……豆腐を固めるやつだよな? それが脳に関係あるのか?
そう、にがりの主成分だね。でもマグネシウムの働きはそれだけじゃない。脳の神経細胞同士をつなぐシナプスの密度を維持したり、神経伝達物質のバランスを調整したりしている。不足すると、記憶力の低下や集中力の低下、不安感、不眠といった症状が出ることがある。
記憶力の低下に不眠まで!? それって、さっきの地球人みたいな「あれ、何だっけ」状態になるってことか?
その可能性はあるね。もう少し詳しく説明しよう。脳にはNMDA受容体という、学習と記憶に重要な役割を果たすタンパク質がある。
えぬえむでぃーえー? なんだかかっこいい名前だな。地球の秘密兵器みたいだ。
秘密兵器というか、脳の学習装置だね。正式にはN-メチル-D-アスパラギン酸受容体という。この受容体が活性化すると、シナプスの結合が強化されて、新しいことを学んだり記憶を定着させたりできるようになる。
ほうほう。で、マグネシウムはそのNMDA受容体とどう関係するんだ?
マグネシウムはNMDA受容体のイオンチャネルに「フタ」をする役割があるんだ。普段はフタをして余計な信号をブロックしておいて、本当に必要な強い信号が来たときだけフタが外れて情報が通る。これによって脳はノイズを排除しながら効率よく学習できる。
つまり、マグネシウムがないとそのフタがなくなって……
そう。フタがないと、ノイズのような余計な信号まで全部通ってしまう。これが「興奮毒性」と呼ばれる状態で、神経細胞が過剰に興奮してダメージを受ける。慢性的に続くと、シナプスが減少して認知機能が低下していくんだ。
うわぁ……脳がノイズだらけになるのか。テレビの砂嵐みたいな状態だな。それは確かにまずいぞ。
いい例えだね。そして最近、とても注目されている研究結果がある。2026年に学術誌『Frontiers in Nutrition』に発表されたランダム化比較試験で、L-トレオン酸マグネシウムという特殊な形のマグネシウムを摂取したグループは、たった6週間で、認知テストのスコアから推定した認知年齢が偽薬グループより平均7.5歳若いという結果が出た。
なにーーーーーーーーーー! 7.5歳!? たった6週間で!? 竜の玉の文献でも精神と時の部屋で何年も修業しないとそこまで変われないぞ!
落ち着いて。これはランダム化比較試験といって、18歳から45歳の睡眠に不満のある成人100人を対象に、1日2グラムのMagtein(L-トレオン酸マグネシウムの商品名、マグネシウム量として約145mg)を飲むグループと偽薬を飲むグループに分けて比較した、信頼性の高い研究だよ。
ふーむ。でも7.5歳ってすごい数字だな。なんでそんなに効果があるんだ?
L-トレオン酸マグネシウムには、他の形のマグネシウムよりも脳に届きやすいという特徴がある。通常のマグネシウムは血液脳関門という脳のバリアを通りにくいんだけど、L-トレオン酸と結合した形だと効率よく脳内に入れる。動物実験では、脳内のマグネシウム濃度が上がるとNMDA受容体のNR2Bサブユニットが増加し、シナプスの可塑性が高まることが確認されている(Slutsky et al., 2010)。
しなぷすのかそせい?
シナプスの可塑性というのは、脳の神経回路が経験に応じて変化する能力のことだよ。簡単に言えば、脳が新しいことを学んで適応する力だね。マグネシウムが十分にあると、この力が高まって、記憶力や学習能力が向上するというわけだ。
なるほど。ところでイーモリ、日本の地球人はマグネシウムをちゃんと摂れているのか?
実はそこが問題なんだ。日本人の推奨摂取量は、成人男性で330〜380mg、女性で270〜290mgとされているけど、令和元年の国民健康・栄養調査では実際の平均摂取量は推奨量を下回っている。
足りてないのか! じゃあ日本人の脳もどんどん老化しちゃうんじゃ……。
実際に、日本のコホート研究でも、マグネシウム摂取量が少ない男性は認知症のリスクが高くなるという結果が報告されている。アメリカでは、推定必要量に届いていない人が約半数に及ぶとする報告もある。厄介なのは、体内のマグネシウムの99%は骨や筋肉、細胞の中にあって、通常の血液検査では1%未満しか測れないから、不足していても気づきにくいことだ。
気づかないうちに脳が老化するなんて……。で、どうすればいいんだ?
まずは食事から意識して摂ることが大切だ。マグネシウムが豊富な食品はたくさんある。アーモンドやカシューナッツなどのナッツ類、ほうれん草などの濃い緑色の葉野菜、豆腐や納豆などの大豆製品、わかめやひじきなどの海藻類、そしてバナナやアボカドだ。
おっ、バナナにナッツにアボカドか! パンケーキにバナナとアーモンドスライスを乗せればマグネシウム摂り放題だな!
……パンケーキに乗せるかどうかはさておき。もう一つ重要なのは、精製された白い食品を減らすことだ。白米より玄米、白いパンより全粒粉パン。精製の過程でマグネシウムは大幅に失われてしまう。白米や白い小麦粉では約8割、でんぷんや砂糖に至っては97〜99%が失われる。
8割以上も!? ほとんど全部じゃないか!
そうなんだ。あとは、ストレスもマグネシウムの消耗を加速させる。ストレスを受けるとマグネシウムが尿から排出されやすくなり、マグネシウムが不足するとストレスへの耐性が下がる。悪循環になるんだ。だから入浴やマインドフルネスなど、ストレスケアもマグネシウムの保持につながる。
悪循環か……。サプリメントで補うのはどうなんだ?
サプリメントも選択肢の一つだね。ただし、マグネシウムにはいろいろな形があって、それぞれ吸収率や特性が違う。一般的な酸化マグネシウムは安価だけど吸収率が低い。クエン酸マグネシウムやグリシン酸マグネシウムの方が吸収されやすいと言われている。脳への効果を狙うなら、さっき紹介したL-トレオン酸マグネシウムが注目されているけど、日本ではまだ入手経路が限られている面もある。
なるほど。ところで、この脳の老化って生まれつきの体質なのか? それとも後から何とかなるものなのか?
いい質問だね。マグネシウム不足による認知機能の低下は、基本的に後天的な問題だ。つまり、食事や生活習慣の改善で対応できる可能性がある。マグネシウムの補給で短期間に認知機能の変化が見られた研究もある。ただし、マグネシウムの吸収効率や代謝には遺伝的な個人差もあるから、同じ量を摂っても効果には差が出る。
よし! じゃあ僕も今日からマグネシウムを意識して摂るぞ。パンケーキにほうれん草とナッツを乗せて……いや、やっぱりホイップクリームも外せないな……。
ふふふ。ただし、大事なことを伝えておくよ。もし記憶力の低下や集中力の問題が2週間以上続くようなら、それはマグネシウム不足だけの問題ではないかもしれない。必ず医療機関に相談してほしい。栄養の改善はあくまで日常のケアであって、医療の代わりにはならないからね。
参考文献
[1] Slutsky, I., et al. (2010). Enhancement of learning and memory by elevating brain magnesium. Neuron, 65(2), 165-177.
https://doi.org/10.1016/j.neuron.2009.12.026
[2] Lopresti, A. L., & Smith, S. J. (2026). The effects of magnesium L-threonate (Magtein®) on cognitive performance and sleep quality in adults: a randomised, double-blind, placebo-controlled trial. Frontiers in Nutrition, 12, 1729164. PMID: 41601871
https://doi.org/10.3389/fnut.2025.1729164
[3] Maier, J. A., et al. (2023). Magnesium and the brain: A focus on neuroinflammation and neurodegeneration. International Journal of Molecular Sciences, 24(1), 223.
https://doi.org/10.3390/ijms24010223
[4] Pickering, G., et al. (2020). Magnesium status and stress: The vicious circle concept revisited. Nutrients, 12(12), 3672.
https://doi.org/10.3390/nu12123672
[5] DiNicolantonio, J. J., et al. (2018). Subclinical magnesium deficiency: A principal driver of cardiovascular disease and a public health crisis. Open Heart, 5(1), e000668.
https://doi.org/10.1136/openhrt-2017-000668
[6] Bulycheva, I., Watanabe, Y., Kitamura, K., et al. (2026). Dietary magnesium intake and dementia risk in community-dwelling people aged 40–74 years: an 8-year cohort study. Journal of Nutritional Science, 15, e12.
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、医学的な診断や治療の代わりとなるものではありません。健康上の懸念がある場合は、必ず医療専門家にご相談ください。