イーモリ、見てくれよ。あの地球人、さっきからずーっと同じ姿勢で固まってるぞ。
ああ、あれは…スマートフォンの画面を見つめてるね。転職サイトかな。
おっ、何かブツブツ言ってる。「あの時、あっちの会社に行っていれば…」だって。すごい暗い顔してるぞ。
ふふ、これは「後悔」だね。地球人が頻繁に見せる感情反応の一つだ。
後悔? あー、あれだろ? 僕だって知ってるよ。昨日、限定パンケーキを食べ損ねた時の気持ちだ! 3時間並んだのに目の前で売り切れたんだぞ!
…まあ、それも後悔の一種だけどね。でも「後悔」というのは、脳科学的に見るととても興味深い現象なんだ。
え、ただ「うわー、やっちゃった」って思うだけじゃないの?
違うよ。後悔の正体は「反実仮想」——英語ではcounterfactual thinkingって言うんだけど、要するに「もし別の選択をしていたら、どうなっていただろう?」と脳がシミュレーションを走らせることなんだ。
シミュレーション? 脳の中でもう一つの人生を再生してるってこと?
そう、まさにそれ。で、実際に起きた結果と、「あり得たかもしれない結果」を比較して、もし「あり得た方」の方が良い結果だったと判断すると——
うわー、って後悔するわけか! なんか脳って意地悪だな! わざわざ自分を苦しめるなんて!
ふふ、実はそうでもないんだよ。この反実仮想を司っているのが、脳の「眼窩前頭皮質」——OFC(Orbitofrontal Cortex)と呼ばれる場所なんだ。ちょうど目の上あたりにある。
目の上!? じゃあ僕が後悔してる時、ここが働いてるのか!
その通り。2004年にCamilleらがScience誌に発表した研究がすごく有名でね。OFCが損傷した患者さんを調べたんだ。
損傷? OFCが壊れちゃった人ってこと?
うん。ギャンブル課題をやってもらったんだけど、健常者は「選ばなかった方が良い結果だった」と分かると、強い後悔を感じて、次からはその後悔を避けるように行動を変えた。ところがOFC損傷患者は——
ところが?
後悔を一切感じなかったんだ。そして、過去の失敗から学ぶこともなかった。
えーーーーーーーー! 後悔しないって、一見最高に聞こえるけど…学ばないのはマズくないか?
そこが重要なポイントだよ。後悔は「嫌な感情」だけど、実は脳にとっては「学習シグナル」なんだ。後悔を感じることで、脳は次に同じ状況になった時、より良い選択ができるように意思決定の回路をアップデートしてるんだよ。
後悔が…脳のアップデート!? まるで僕らの脳の機械のメンテナンスみたいだな!
いい例えだね。そしてここからがさらに面白い。2023年にYun(ユン)らがScience Advances誌に発表したサルを対象とした電気生理学研究では、この反実仮想に「ドーパミンニューロン」が深く関わっていることが分かったんだ。
ドーパミン! あのやる気とか快楽に関わるやつだろ? 後悔にもドーパミンが関係するの?
うん。OFCは「実際の結果」と「あり得た結果」の両方の価値を表現して、腹側線条体がその差を計算する。そしてドーパミンニューロンが「実際に得た報酬」と「得られたはずの報酬」の両方のエラー信号を同時に出しているんだ。
えっ、同時に? 「これはこうだった」と「こうだったかもしれない」を一度に処理してるってこと?
そういうこと。だからドーパミンは単なる「快楽物質」じゃなくて、脳の「比較エンジン」でもあるんだよ。この比較があるからこそ、人間は過去から学んで未来の選択を改善できるんだ。
すげぇ…地球人の脳、よくできてるなぁ。でもさ、後悔ってけっこう辛いじゃん。ずーっと引きずる人もいるし。
いい質問だね。実は後悔には面白い「時間の法則」があるんだ。1994年にGilovichとMedvecが発見した研究なんだけど——
時間の法則?
短期的には「やってしまったこと」への後悔——つまり行動の後悔が強い。例えば、余計なことを言ってしまった、衝動買いしてしまった、みたいなもの。
あー、分かる。僕も先週、隊員たちの前で「竜の玉の文献」の内容を長時間プレゼンして、全員に「何の話ですか?」って言われた時は後悔したもん…。
…。でもね、長期的に見ると逆転するんだ。人生を振り返った時に最も強く後悔するのは、「やらなかったこと」——つまり不作為の後悔なんだよ。
えっ! 「やっちゃった後悔」より「やらなかった後悔」の方がデカくなるの!?
そう。「やった後悔」は時間とともに薄れやすい。なぜなら人は行動を修正したり、「あの経験があったから成長できた」って再解釈できるから。でも「やらなかった後悔」は——
修正できない! だってやってないから!
その通り。しかも人間は「もしやっていたら」の結果をどんどん美化してしまうんだ。「あの時告白していたら、きっとうまくいってた」「あの時転職していたら、今頃社長になってた」ってね。実際にはそう上手くいったとは限らないのに。
脳が勝手に「あり得た未来」を理想化しちゃうってことか! 脳の反実仮想エンジンが暴走してるみたいだな!
面白い表現だね。そして2005年にRoeseとSummervilleがメタ分析で明らかにしたんだけど、人が人生で最も後悔するカテゴリーは、第1位が「教育」、第2位が「キャリア」、第3位が「恋愛」なんだ。
教育!? 「もっと勉強しておけばよかった」ってやつか! 地球人の定番の後悔じゃん!
しかもこの順位には理由があって、人が最も強く後悔するのは「まだチャンスがあるのに行動しなかった」分野なんだ。教育やキャリアは大人になってからでもやり直せる可能性があるからこそ、後悔が強くなる。
なるほど…「まだ間に合うのに動かない自分」に対してモヤモヤするわけか! それは確かにキツいな。
そう。そしてCoricelli らが2005年にNature Neuroscience誌で示した研究がさらに面白くてね。後悔を経験した脳は、次に似た選択をする直前に、OFCと扁桃体が「後悔の予期」として再び活性化するんだ。
選ぶ前に「またあの嫌な気持ちになるかも」って脳が先回りするってこと!?
まさにそう。つまり後悔は「過去を嘆く感情」じゃなくて、「未来の選択をより良くするための予測システム」なんだよ。後悔を予期することで、人はリスクを回避したり、より慎重に選択できるようになる。
後悔って…脳の「未来予測装置」だったのか! すごいな地球人の脳! じゃあ結局、後悔しまくった方がいいの?
それは違うよ。後悔に「溺れる」のは危険だ。過剰な反芻——同じ後悔をグルグル考え続けること——はうつ病のリスクを高めることが、Nolen-Hoeksemaらの研究で繰り返し示されている。大事なのは、後悔を「感じて」、そこから「学んで」、「手放す」こと。
感じて、学んで、手放す…。
具体的には、後悔を感じたら「次に同じ場面が来たらどうするか?」を一つだけ決めること。脳のOFCはその「次の行動計画」を記録してくれる。そうすれば後悔は「苦しみ」から「成長の燃料」に変わるんだ。
ふっふっふ…分かったぞイーモリ!
…何を企んでるの。
この「後悔エンジン」を利用すれば、地球人をコントロールできるんじゃないか!? 「あの時ヤーモリ様に従っていれば…」って後悔させれば、次からは僕の言うことを聞くようになる! 後悔ドリブン統治計画、発動だ!
それ、まず地球人に何かメリットのある提案をして、それを断らせて、さらにその後で「やっぱりあの提案は良かった」と思わせないといけないんだけど…。ヤーモリにそんな複雑な計画が立てられるの?
…。
ほら、もう後悔してるでしょ、今の発言。
いいもん。いいもん。どーせ僕はポンコツだもん…。でも「やらなかった後悔」の方がデカいんだろ? だったら言ってみてよかったじゃんか!
ふふ、その前向きさは悪くないよ。まさに後悔を「成長の燃料」にしてるね。
でしょでしょ? よーし、今日のレポートをまとめてくれよイーモリ!
はいはい。では本日のまとめだ。
後悔の正体は「反実仮想」——脳が「もし別の選択をしていたら」をシミュレーションする高度な認知機能だ。その中枢は眼窩前頭皮質(OFC)にあり、OFCが損傷すると後悔を感じなくなるが、同時に過去から学ぶ能力も失われる。ドーパミンニューロンは実際の結果とあり得た結果のエラー信号を同時に処理し、腹側線条体がその差を計算している。
短期的には「やった後悔」が強いが、人生を振り返ると「やらなかった後悔」の方が大きくなる。人が最も後悔するのは教育、キャリア、恋愛の順だ。そして後悔の予期がOFCと扁桃体を再活性化させ、未来の意思決定をより良いものに書き換える。後悔は脳の「未来予測アップデートシステム」なんだ。
じゃあみんな、後悔を怖がらないでくれよな! 後悔は脳が「次はもっとうまくやるぞ!」って言ってるサインなんだから! …僕は今から限定パンケーキを買いに行く! 今度こそ売り切れる前に! 「やらなかった後悔」はもうたくさんだー!
…3時間並ぶ後悔は大丈夫なのかな。
参考文献
- Camille, N., Coricelli, G., Sallet, J., Pradat-Diehl, P., Duhamel, J.-R., & Sirigu, A. (2004). The involvement of the orbitofrontal cortex in the experience of regret. Science, 304(5674), 1167–1170.
- Coricelli, G., Critchley, H. D., Joffily, M., O’Doherty, J. P., Sirigu, A., & Dolan, R. J. (2005). Regret and its avoidance: A neuroimaging study of choice behavior. Nature Neuroscience, 8(9), 1255–1262.
- Coricelli, G., Dolan, R. J., & Sirigu, A. (2007). Brain, emotion and decision making: The paradigmatic example of regret. Trends in Cognitive Sciences, 11(6), 258–265.
- Yun, M., Nejime, M., Kawai, T., Kunimatsu, J., Yamada, H., Kim, H. R., & Matsumoto, M. (2023). Distinct roles of the orbitofrontal cortex, ventral striatum, and dopamine neurons in counterfactual thinking of decision outcomes. Science Advances, 9(32), eadh2831.
- Gilovich, T., & Medvec, V. H. (1994). The temporal pattern to the experience of regret. Journal of Personality and Social Psychology, 67(3), 357–365.
- Roese, N. J., & Summerville, A. (2005). What we regret most… and why. Personality and Social Psychology Bulletin, 31(9), 1273–1285.
- Nolen-Hoeksema, S., Wisco, B. E., & Lyubomirsky, S. (2008). Rethinking rumination. Perspectives on Psychological Science, 3(5), 400–424.